城跡

大宝城(茨城県)~関東最古の八幡宮である大宝八幡宮境内にあり下妻氏によって築城された城です。

大宝城跡(茨城県)



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【大宝城】

大宝城(だいほうじょう)は、
現在の茨城県筑西市・下妻市大宝に所在した、
平安時代末期から南北朝時代にかけての平城です。
昭和9年(1934年)5月1日、
「大宝城跡」として国史跡に指定されました。
茨城百景にも選定されています。

大宝城址 国史跡指定区域

【城郭構造】
平城

【天守構造】
なし

【築城主】
下妻長政

【築城年】
寛喜4年/貞永元年(1232年)

【主な城主】
下妻氏小山氏

【廃城年】
不明

【遺構】
曲輪、土塁、空堀
大宝城 遺構

【指定文化財】
国の史跡

【大宝城の歴史】
1232年(寛喜4年/貞永元年)に
下妻長政が築いた城です。
1341年
南朝:興国2年/北朝:暦応4年)に、
春日顕国が興良親王を奉じて
大宝城に入城しました。

平安時代末期には下妻氏が居城し、
鎌倉時代初期には小山氏が
居城したといわれています。
南北朝時代には、
下野の小山氏一族の
下妻氏が在城していたということです。

近隣にあった関城とともに
南朝方の拠点でしたが、
北朝方の標的となり、
「関城・大宝城の戦い」という
攻防戦が発生したことで知られています。

大宝八幡宮境内(大宝城跡)

【遺構や地理地形など】
なお、大宝城がいつ廃城になったのかは
よくわかってはいません。
現在、城跡には土塁や
空堀などが残存し、
また「大宝八幡宮」が所在しています。
西、北、および東方の一部を
旧大宝沼に囲まれた台地の
自然の地形を利用して造築された城郭であり、
東方も古い時代は
沼か湿地であったと
思われることから三方断崖に面した
要害の地でした。
東西288m、南北576mで
台地の北方を本丸、南方を大手、
東を搦手(からめて)としました。

大宝城跡 五輪塔

【南北朝の戦い】 
興国2年・暦応4年(1341年)11月、
春日中将顕国が興良親王を奉じて
小田城よりここに移ってから、
東国における南朝方の拠点となりました。
その後、北朝方の猛攻をうけて
苦戦を続け、食糧不足と城内不和のため、
興国4年・康永2年(1343年)11月12日に
落城しました。
城主であった下妻政泰は
討死したといわれています。
現在城跡は大宝八幡宮の境内として
その面影を留めています。




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八幡宮裏に昭和6年(1931年)5月建立の
『贈正四位下妻政泰忠死之地』の碑と、
昭和18年(1943年)11月の
「下妻政泰公碑」が建っています。
贈正四位下妻政泰忠死之地

【所在地】
下妻市大宝667
筑西市関舘・中村新田

【駐車場】
大宝八幡宮の参拝者用の
駐車場があります。

【大宝八幡宮】
大宝八幡宮(だいほうはちまんぐう)は、
茨城県下妻市大宝にある八幡宮です。
県社。藤原時忠公によって
西暦701年(大宝元年)に創建されました、
関東地方で最古の八幡宮となります。
吾妻鏡」には、下妻宮として記されています。
茨城百景に選定されています。
本殿は国の重要文化財であり、
瑞花雙鳥八稜鏡、銅鐘、丸木舟は
県指定有形文化財に、
大宝八幡宮十二座神楽は
市指定無形民俗文化財に
それぞれ指定されています。
社務所内には第68代横綱朝青龍明徳が
2003年(平成15年)大阪場所の土俵入りに
使用した太刀と綱が展示されています。

大宝八幡宮大鳥居(第三鳥居)

平将門公も戦勝祈願のために
度々参拝し、当宮の巫女によって
新皇の位を授けられたと
伝えられています。
文治5年(1189年)、
奥州征伐平定の日、
源頼朝公が鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請し
摂社若宮八幡宮を創建されました。

大宝八幡宮ご由緒

【交通アクセス】
(鉄道)
関東鉄道常総線「大宝」駅より徒歩5分程度。

●取手駅(JR常磐線)〜大宝駅
●守谷駅(つくばエクスプレス線)〜大宝駅
●下館駅(JR水戸線・真岡鉄道線)〜大宝駅

※大宝駅には、快速は止まりません。
各駅停車を利用するか、
水海道駅または
下妻駅での乗り換えが必要となります。

(車)
◆常磐自動車道「谷和原」IC⇒
国道294号線を水海道・下館方面へ。
国道125号線との立体交差を通過後
(右手にはイオンモール下妻)、
最初の信号を左折、2個目の信号を左折、
1個目の信号(東部中学校入口)を右折、
道なりに進むと一ノ鳥居が見えてきます。

大宝八幡宮 第一鳥居

◆圏央道「常総」ICより約20分 
坂東ICより約30分 
境古河ICより約35分
◆水戸方面より  
国道50号線を笠間・下館方面、国道294号線へ
◆土浦方面より  
国道125号線を下妻方面、国道294号線へ
◆つくば方面より 
国道408号線を筑波山方面、
国道125号線から国道294号線へ
◆古河方面より  
国道125号線を下妻方面、国道294号線へ
◆守谷方面より  
国道294号線を水海道・下館方面へ
(大宝八幡宮の公式サイトより)




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【下妻(小山)長政】
鎌倉時代の武将。
小山朝政の子である小山朝長の次男です。
小山長村の弟となります。
祖父の小山朝政のあとをうけ、
寛喜2年(1230年)ごろに
常陸下妻の地頭職をあたえられます。
寛元2年、鶴岡八幡宮の放生会(ほうじょうえ)に
随兵として供奉しました。
建長4年9月29日死去。
通称は四郎です。

【下妻政泰】
南北朝時代の武将です。
下妻(小山)長政の孫となります。
常陸下妻の地頭。
居城の大宝城に興良親王、春日顕国をむかえ、
大宝湖の対岸の関城主である関宗祐とともに
北畠親房北朝方とたたかいました。
康永2年・興国4年、
高師冬に攻められ、11月12日に自害しました。

小田城跡(つくば市)~鎌倉初期に八田知家が築城し、戦国時代の小田氏15代の居城でした。

鹿島城(常陸国)~平安時代末期に鹿島氏によって築城されました。築城者の平姓鹿島氏とは?

島崎城~常陸大掾氏の一族である島崎氏の居城、よく整備され遺構もわかりやすく登城しやすい城です。

常陸・長山城~大掾氏の庶流行方氏の一族の長山氏が居城し、同族の島崎氏に攻められました。

塚原城~大掾氏一族で鹿島氏分流の塚原氏が居城し、剣聖として有名な塚原卜伝も城主となりました。

藤沢城~小田城主の小田氏の支城であり、小田城を奪われた際には何度も拠点とした城です。

関城跡(常陸国)~南北朝時代に南朝方であった関宗祐・宗政親子が北朝の標的に晒されながらも戦いました。

土浦城~伝説上では平将門の砦、文献上では八田知家後裔の若泉氏が築城、戦国期を経て土浦藩となる。

阿波崎城~南北朝時代に南朝方の北畠親房が転戦した古城跡です。

神宮寺城(常陸国)~南北朝時代に築城された南朝方の城で遺構が良好な状態で残っています。

伝・源護館跡陣営~平将門の乱の始まりの戦と嵯峨源氏である源護という人物について。

平将門~困っている人を放っておけない面倒見の良い大将は東国に新国家を創ろうとした。

平将門公本據豊田館跡~平将門誕生の地と伝わる場所、後に豊田氏の向石毛(向石下)城址となりました。

豊田城(常陸国)(常総市)~桓武平氏の豊田氏が築城、平安時代から戦国時代まで豊田郡を本拠としました。

國王神社~平将門公終焉の地に三女如蔵尼によって創建されたと伝わる古社です。

石井の井戸跡(坂東市岩井)~平将門が拠点である石井営所を決めた伝説がある古井戸です。

延命寺~「島の薬師」と親しまれているお寺で、平将門公持護仏の薬師如来像が祀られています。

古渡城(常陸国)~築城は山岡景友、後に丹羽長重が大名再スタートとなった城です。

江戸崎城~常陸土岐氏である土岐原氏が築城し約200年の統治後に、蘆名氏(佐竹氏)、丹羽長重が入封しました。

木原城~土岐氏の家臣であった近藤氏の居城と伝えられており、城主の近藤利勝の肖像画が発見されました。

兜神社~平将門公にまつわる言い伝えがあり証券界の守り神でもある東京のお社です。

鎧神社~日本武命や平将門公にまつわる伝承があり人々の崇敬を集めてきた東京のお社です。

源頼朝の生涯~武家政治の創始者~武家源氏の主流の御曹司でイケメンだったそうです。

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