城跡

島崎城~常陸大掾氏の一族である島崎氏の居城、よく整備され遺構もわかりやすく登城しやすい城です。

島崎城(南常陸)



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【島崎城】

 
島崎城は常陸大掾氏の一族である島崎氏の居城です。
島崎氏は「南方三十三館」と称された
南常陸の諸豪族の筆頭として
勢力を誇っていました。
けれども天正18年(1590年)に
小田原の北条氏が豊臣秀吉により
滅ぼされた翌年、
佐竹義宣により島崎氏と
鹿島・玉造・行方・手賀・烟田氏らを
常陸太田城に招き酒宴の中、
島崎義幹・徳一丸親子ら15名を
一挙に惨殺してしまいました。
その後、城主不在となった
「南方三十三館」を
悉く攻め落としたのでした。
これがいわゆる
「三十三館の仕置き」とされている出来事です。
この仕置きで島崎氏は滅亡し、
島崎城は廃城となりました。
現在城址の本丸跡には
御礼神社が建てられており、
周囲に土塁が残っています。

島崎城 案内板

【曲輪構成】
連郭式

【縄張形態】
丘城(平山城)

【標高(比高)】
40m( 15m )

【築城主】
島崎成幹

【築城年】
応永年間(1394年〜1428年)

【廃城年】
天正19年(1591年)

【主な城主】
島崎氏

【遺構】
曲輪、土塁、空堀

【指定文化財】
市史跡

【城跡の状況】
土塁、空堀、曲輪などが
よく整備され、わかりやすいです。
案内板も豊富で比高も少なく
初心者も登城しやすいです。
また何より無料の
パンフレットの内容もわかりやすく
このパンフレットをみながら
登城するとより
山城を理解できます。

<登城口>
島崎城(南常陸)登城口

<水堀>
島崎城(南常陸) 水堀

<表門>
島崎城(南常陸) 表門

登城した先輩方の口コミによりますと、
岩盤堀切で、八幡台と物見台の間にある
巨大なものと、Ⅲ曲輪の北側にある
100m以上も続くもの、であるとのことです。
また今は道路となっている切通との
二重堀切の箇所など、とのことです。




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【交通アクセス】
(電車)
JR鹿島線「潮来」駅から徒歩60分程度。

東京駅から鉾田駅行の高速バスに乗り、
「牛堀中央」で下車、
徒歩20分程度ほどで登城口に至るとのこと。
(2022年の情報)

(車)
東関東自動車道「潮来」ICから
県道50号経由で15分程度。
JR「潮来」駅より県道51号線。

島崎城(南常陸) 遠景

【駐車場】
あり(15台)

【トイレ】
とてもきれいな水洗トイレがあります。
周辺には何もないので
本当に助かります。
島崎城(南常陸) トイレ 駐車場

<パンフレット>
カラーでとてもわかりやすいパンフレットがあります。
島崎城の構造と島崎氏の歴史が学べます。
無料です!!
なお、パンフレットは昼間のみ
おいてあるとのことです。

【所在地】
潮来市島須530

【島崎城御城印販売】
<所在地>
〒311-2436 茨城県潮来市牛堀59

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