城跡

和田城址~和田義盛の居城跡~三浦半島にある平城

和田城址 石碑




【和田城址】

鎌倉の武の長官、
初代侍所別当となった和田義盛の本城跡です。
三浦義明の孫、和田義盛は
弓の達人として源頼朝挙兵以来数々の戦功を挙げ、
鎌倉の武の長である侍所別当となりました。
三浦一族の当主は三浦義村
和田一族の当主は義盛でした。
三浦義村は和田合戦において生き残るために
和田義盛を裏切ります。

三浦義明の子、杉本義宗を父とする和田義盛は
父とともに鎌倉杉本城(杉本寺がある山の上部)
に居住していました。
けれども父が死んだ16才のときに
この和田の地に移ったとされています。
和田義盛はこの地を拠点に活躍し、
多くの戦功を挙げました。
「和田」交差点近くには屋敷跡とされている史跡もあります。

現在の和田城は石碑が残るのみとなっています。
城の跡は残念ながら残されてはいませんが、
木戸脇、唐池、出口、赤羽根、矢作など
城があった往時を伝える地名が残っています。
海に近く、豊かな畑が広がる和田一帯は
多くの農産物が収穫されています。
鎌倉時代からこの辺りは穀倉地帯であったようで、
三浦一族の開拓拠点や食糧倉庫としての
館があったようです。
この豊かな穀倉地帯が、
三浦一族の強さを支えていた一因でもあったようです。
現在でも畑が広がり、
自然の残る和田地域は豊かな三浦の和田を治めた
和田義盛を偲ぶことができるといえます。

【所在地】
〒238-0114 神奈川県三浦市和田
【交通アクセス】
京急「三崎口駅」よりバス「和田」下車、徒歩15分程度

※YMCAグローバルエコビレッジと
三浦初音高等学校和田キャンパスのあたりが
城跡ですが石碑だけが遺されています。

なお、石碑周辺には駐車場がなく、
付近一帯は坂道で、道幅も広くありません。
大切な生活道路でもあり、
車は勿論、自転車や人の往来が頻繁です。
走行の際にはご注意ください。





<石碑の場所>

なお、和田城址の石碑からほど近い処にある
天王社には
和田義盛の本拠地であった旧里碑があります。

【所在地】
神奈川県三浦市初声町和田
【交通アクセス】
京急「三崎口駅」よりバス「和田」下車、徒歩2分

<天王社>
天王社 和田義盛旧里碑
※駐車場はありません。
道幅が広くなく、坂道で
車の往来が頻繁なのでご注意ください。

和田義盛と和田合戦~三浦一族~鎌倉幕府創始の功臣だが北条義時に嵌められる

新井城址・相模三浦氏とは?伊勢盛時から3年間持ちこたえた断崖の要害

蛭ヶ小島~源頼朝が20年間過ごし北条政子と夫婦となった配流地~

菅谷館跡と鶴ヶ峰・二俣川の古戦場散策~畠山重忠公の足跡を訪ねて。

鎌倉幕府の政所跡について

大田和城址~大多和氏は三浦一族

山田城山~源義朝の家臣である鎌田政清の居館とされる場所

河崎氏館について~渋谷氏の祖でありやがて近江源氏の佐々木氏を援助し間宮氏に続く

長者ヶ崎~横須賀と葉山の間の岬~かながわの景勝50選の場所です

天神島臨海自然教育園に行ってみよう!無料で楽しめる磯遊びと景観

関連記事

  1. 十神山城跡 十神山城 、中海の水軍を抑える要害~尼子十砦~
  2. 女渕城・水堀 女渕城址~城主は真田昌幸の策略で謀殺された沼田景義~上杉VS北条…
  3. 小山田城址 小山田城址・築城は小山田氏の祖である小山田有重、小山田神社に小山…
  4. 韮山城跡 韮山城跡(伊豆)~小田原北条氏の伊豆支配の中心地、戦国時代の幕開…
  5. 三笠山城跡 島根 三笠山城・島根県~尼子十砦~山中鹿介が祈った三笠山の月の場所。
  6. 相模・沼田城跡入り口 相模沼田城~波多野氏の一族の沼田氏が築城し、後に大森氏の所領とな…
  7. 足利宅跡 足利氏館跡~日本百名城~鑁阿寺について
  8. 修善寺城跡 修善寺城~南北朝時代の関東管領及び伊豆守護であった畠山国清の乱

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

おすすめ記事

  1. 猪飼昇貞(猪飼野昇貞)~明智家臣で堅田水軍棟梁~琵琶湖の自治都市・堅田を任される 堅田 猪飼昇貞

ピックアップ記事

  1. 神梅城(深沢城)址・本丸
  2. 疋田城跡
  3. 越中・朝日山城跡
  4. 妻木城と崇禅寺
  5. 大手虎口からスタンプ設置場所付近
スポンサーリンク

スポンサーリンク
PAGE TOP