史跡・城跡

武田氏館と湫尾神社~ひたちなか市武田は甲斐武田氏発祥の地でした。

武田氏館(茨城県ひたちなか市)



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【武田氏館】

ひたちなか市武田は、
戦国時代の名将武田信玄で知られる
甲斐武田氏の発祥の地です。
平安時代末期(12世紀初め頃)、
源義家の弟義光は
常陸国への進出を図り、
長男義業(よしなり)を
久慈郡佐竹郷(常陸太田市)に、
三男義清を当地、
那賀郡武田郷に土着させました。
義清は地名をとって武田を名乗り
武田氏の始祖となりました。
甲斐武田氏 発祥の地
常陸・武田氏館(たけだし-やかた)は、
茨城県ひたちなか市武田にある
平山城(館跡)になります。
甲斐武田氏の先祖は、
河内源氏の2代目棟梁である
源頼義の3男にあたる
源義光(新羅三郎義光)です。
その源義光(新羅三郎義光)の嫡男とされる
源義業は常陸・馬坂城主となり
佐竹氏に繋がり、
次男ともされる源義清は、
常陸国那珂郡武田郷を与えられて
武田冠者と称しました。

義清とその子清光は、
武田郷周辺の古くからの
豪族との間で勢力を
張りあっていましたが、
1130年、境界線争いで
大掾盛幹に敗れ、
常陸・吉田城主の吉田清幹らから
朝廷に訴えられると、
子の源清光と共に、
山梨県西八代郡市川三郷町に
流罪になったとも
移り住んだともされます。
その後、源清光は甲斐で勢力を拡大し、
逸見氏・武田氏・加賀美氏・安田氏・
浅利氏といった甲斐源氏の一族を
各地に配し、武田氏が中心氏族となりました。
そしてその十七代後に
信玄公が輩出されたのでした。




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【武田氏館の地理地形と造り】
義清父子が住んだ館は、
那珂川を見下ろす
武田台地の突端部にあったと
いわれており、
武田郷の鎮守武田大明神とも
称される湫尾神社(ぬまお-じんじゃ)
がある場所は、標高20m
ほどの高さになっています。
武田氏館(遠景)

その近くに武田氏館を整備しました。
現在建っているこの館は、
昔の絵巻物などを参考にして、
中世の武士の館を再現した建物です。
主屋、納屋、厩(うまや)のほか、
館の正面には門、板塀、堀が配置されています。
主屋の造りは、主屋と玄関をつなぐ
中門の張り出しが特徴である
主殿造り(しゅでんづくり)
と呼ばれる建築様式です。
主屋内には、甲斐武田氏発祥に
関係する資料や、
甲冑・刀・武田遺跡出土資料などを
展示しているとのことです。

【所在地】
〒312-0025 茨城県ひたちなか市武田566−2

【電話】
029-276-2525

【開館時間】
午前9時~午後5時
(入場は午後4時30分まで)

【休館日】
毎週月曜日(祝日の場合はその翌日) 、
12月28日から1月4日

【入館料】
無料
武田氏館 利用案内

【交通アクセス】
(電車・バス)
(JR常磐線「勝田」駅から
「茨城交通バス」水戸行き
武田本町下車徒歩10分
(車)
自動車(駐車場約10台)
「東水戸道路」ひたちなかICから車で約20分
「常磐自動車道」那珂ICから車で約25分

【駐車場】
約10台




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【湫尾神社(ぬまお神社)】
御祭神は素戔嗚命。
創始年代は不詳ですが、
武田氏縁の神社と伝えられており、
「慶安元(1648年)年9月
再興の棟札を蔵し、
再興した際の社名は
武田郷の鎮守である
武田大神宮を称し」ていたとのこと。
なお、湫尾神社(ぬまおじんじゃ」とは
非常に珍しい社名です。
寛文3(1663年)の記録では
沼尾明神と記されており、
鹿島神宮の境外摂社にして
「香島の天の大神」と称された
沼尾社との関連が連想されるとのことです。
湫尾神社(ぬまお神社)

【所在地】
〒312-0025 茨城県ひたちなか市武田584

武田義清(源義清 (武田冠者))~常陸国出身で配流となった先の土地に根差して甲斐源氏の祖となりました。

武田信玄~風林火山の軍旗のもとに、戦に明け暮れ駆け抜けていった53年の人生でした。

武田勝頼~甲斐源氏・戦国大名としての甲斐武田氏最後の当主、素質と環境が合わず悲劇が訪れます。

武田信義~甲斐源氏であり武田氏の初代当主となり、武田信玄の遠いご先祖様です。

武田八幡宮~創建は平安時代、甲斐武田家の氏神として尊崇されてきました。

小田野城(小田野山城)(甲斐国)~甲斐源氏である安田義定が築城したと伝わる山梨県内最古の部類の山城。

加賀美遠光~甲斐源氏で武田信義の叔父又は弟、小笠原氏・奥州南部氏の祖でもあります。

浅利与一義成(浅利義遠)~甲斐源氏の一族で弓の名手であり武田信義・加賀美遠光とは兄弟です。

小笠原長清~弓馬四天王と称され、武家の有職故実を伝える小笠原一族の始祖です。

甘利氏館と扇子平山城~甘利氏は甲斐源氏で、戦国時代には武田家臣の譜代家老を務めました。

武田信成~武田信時の系統で安芸守護武田氏から甲斐国守護武田宗家となりました。

武田信春公館~甲斐源氏第12代及び武田氏9代当主であった武田信春の居館跡です。

躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)~武田信虎が築城し、信玄、勝頼と3代続いた戦国大名武田氏の中心地です。

恵林寺~1330年に開山された武田氏の菩提寺である臨済宗の古刹、庭園は国の名勝に指定されています。

龍門の滝~大蛇伝説に相応しい壮観な滝で、列車と大滝が一緒に撮影できる貴重なスポットです。

水戸城~馬場氏が平安時代に築城し、江戸氏、佐竹氏が居城、その後は御三家・水戸徳川家の居城になりました。

西山御殿(西山荘)~自然豊かで理想郷であった徳川光圀公の隠居所、国の史跡および名勝です。

常陸大子駅の静態保存のC12蒸気機関車~C12187号

袋田の滝~日本の滝百選のひとつで別名は四度の滝、徳川光圀公も訪れたとのことです。

筑波山事件・天狗党の乱について~幕末の水戸藩の大悲劇~水戸幕末争乱

小田城跡(つくば市)~鎌倉初期に八田知家が築城し、戦国時代の小田氏15代の居城でした。

筑波山神社~万葉集にも登場する「筑波」~山頂からの眺め良し!日本史を見守ってきた山。

土浦城~伝説上では平将門の砦、文献上では八田知家後裔の若泉氏が築城、戦国期を経て土浦藩となる。

笠間城~鎌倉時代に笠間氏が築城し18代治めた後、江戸時代は笠間藩庁が置かれました。

伊佐城~伊達氏の祖とされる一族の伊佐氏が築城し、南北朝時代には南朝側について戦いました。

下館城~藤原秀郷が築いた三館の下館との伝承あり、江戸時代は下館藩でした。

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