鎌倉殿の13人

浅利与一義成(浅利義遠)~甲斐源氏の一族で弓の名手であり武田信義・加賀美遠光とは兄弟です。

浅利与一義成公



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【浅利与一義成】

浅利与一義成は
平安時代末期から
鎌倉時代前期にかけての武将です。
浅利氏の祖。
別名は浅利義遠(あさり よしとお)とも言います。

浅利与一義成公記

【時代】
平安時代末期 – 鎌倉時代前期

【生誕】
久安5年(1149年)

【死没】
承久3年(1221年)

浅利与一義成公 没後800年

【別名】
義成、通称:与一

【墓所】
山梨県中央市大鳥居の大福寺

【幕府】
鎌倉幕府

【主君】
源頼朝源頼家源実朝

【氏族】
甲斐源氏浅利氏

【父】
源清光

【兄弟】
逸見光長、武田信義、加賀美遠光、安田義定、
二宮清隆、河内義長、田井光義、
曾禰厳尊、奈胡義行、浅利義成(義遠)、
八代信清、利見義氏、河内長義、
源道光、源光賢

【妻】
板額御前(城資国娘)

【子】
知義、女子

【生涯について】
源清光の11男として誕生しました。
もともと浅利氏は甲斐源氏の一族で、
甲斐国八代郡浅利郷を本拠としていました。
兄の武田信義、安田義定らと共に
源頼朝の幕下に参加します。
弓の名手であり、
壇ノ浦の戦いや奥州合戦においても
その強弓をもって戦功を立てました。

建仁元年(1201年)、
建仁の乱において捕虜となった
坂額御前(はんがく ごぜん)の堂々たる振る舞いに
深く感銘を受け、鎌倉幕府2代将軍である
源頼家に彼女を室として迎えたい旨を申し出ます。
何故謀反の徒を室に望むのか、
という源頼家の問いかけに対して、
「彼女との間に武勇に秀でた男子を儲けて、
幕府や朝廷に忠義を尽くさせたい」
と答えたということです。
源頼家は笑ってこれを許可したということです。
この時、板額の年齢は推定年齢で
30歳前後との説があります。
なお浅利与一義成は53歳と推定されています。

山梨県中央市大鳥居には浅利義成が伽藍を再建、
寺領を寄進したという大福寺があり、
県指定文化財の
浅利与一義成(義遠)の位牌や墓所があります。




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【浅利与一義成の墓】
大福寺境内隅にある立派な層塔は、
浅利与一の墓と伝わります。
層塔を中心に左右には、
大小数多くの五輪塔が並んでおり、
浅利一族のものともいわれています。

浅利与一義成の墓

層塔は凝灰岩製で、高さ約315センチメートル、
鎌倉時代の造立と見られています。
現在、屋根は四重ですが、
当初は反りの角度から推測して、
五重もしくは七重のさらに
大きなものであったと考えられています。

五輪塔群は大きいもので
高さ120センチメートル前後、
小さいものは石を
積んだだけのようなものもありますが、
いずれも紀年銘をもたないため、
その造立時期は特定できていません。

この地方を支配した
甲斐源氏の一族である
浅利与一義成公の墓とされています。
ほかの五輪塔群とともに
県の文化財に指定されています。
浅利与一は弓の名人で
三与一のひとりと言われていました。

弓の名手 三与一

【所在地】
山梨県中央市大鳥居1619-1

【交通アクセス】
中央自動車道「甲府南」IC、約10分。
甲府駅よりバスで50分程度「役場前」下車
徒歩約20分程度です。

【駐車場】
あり。
20台ほどです。

【浅利与一義成の銅像】
大福寺に隣接するシルクの里公園にあります。
船に乗った浅利与一の銅像です。
芝生広場や「繭の丘」と呼ばれる
繭の形を模ったトランポリンを
中心に個性的な遊具が並んでおります。

浅利与一義成公 銅像

【所在地】
〒400-1513  山梨県中央市大鳥居

【交通アクセス】
中央自動車道「甲府南」ICから車で15分程度

【駐車場】
シルクの里公園の駐車場があります。

武田義清(源義清 (武田冠者))~常陸国出身で配流となった先の土地に根差して甲斐源氏の祖となりました。

武田信義~甲斐源氏であり武田氏の初代当主となり、武田信玄の遠いご先祖様です。

加賀美遠光~甲斐源氏で武田信義の叔父又は弟、小笠原氏・奥州南部氏の祖でもあります。

源頼朝の生涯~武家政治の創始者~武家源氏の主流の御曹司でイケメンだったそうです。

源頼家~悲劇の2代目~北条VS比企、時々朝廷、そして東国武士の権力闘争が渦巻く時期。

源実朝~3代将軍にて天才歌人~繊細で思慮深く秘めた志あり、やがて雪の中に散っていく。

板額御前~鎌倉時代初期に実在した女武将、後に弓の名手の浅利与一の妻になりました。

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