鎌倉殿の13人

しとどの窟(湯河原)・(真鶴)、隠れながら追手をかわして岩海岸から安房国へ船出しました。

しとどの窟(土肥椙山観音像群)




しとどの窟

しとどの窟(しとどのいわや)は、
湯河原町にある源頼朝が隠れたとされる洞窟です。

天然の洞窟に並ぶ「土肥椙山観音像群」
と呼ばれる20以上の石仏は
厳かな雰囲気があり、
湧き水の流れる音や、苔むした岩石、
夏でも涼しく薄暗い洞窟など、
神秘的な場所となっております。

しとどの窟は、鎌倉幕府を開いた源頼朝が
1180年に石橋山の戦いに敗れて
平氏から身を隠したと言われる洞窟です。
夏でも涼しく昼でも薄暗い洞窟は
まさに秘境と呼ぶにふさわしい場所です。

椿山バス停(運休状態)から
水平距離で400~500m程度、
高低差50m程度、勾配が結構あります。
昼でも薄暗いので、
出来れば一人ではなく、
複数で行くことをお勧めします。
夕方以降は照明が一切なく、
近くには民家も全くないので危険なので
おやめください。
足場は滑りやすいのでトレッキングシューズ、
トレッキングポールを持参すると良いと思います。
またひんやりしている場所なので、
夏でも長袖の羽織物を持つと良いと思います。
服装は長袖長ズボンがよろしいかと。

<入り口>
この先にも駐車場はあります。
しとどの窟 看板

<ししどの窟入り口>
ここから歩いて坂を下ります。
しとどの窟 坂道入り口

<しとどの窟・坂道>
この日は真夏日でしたが
この場所はひんやりして薄暗いです。
しとどの窟・坂道

<しとどの窟・上り>
坂を下りきって今度は上りです。
しとどの窟・上り

<しとどの窟の近くの沢>
ここまでくればしとどの窟はもうすぐです。
しとどの窟の近くの沢

<しとどの窟周辺>
平らな空間に出ました。
この写真の向かって右方向に
しとどの窟があります。
しとどの窟周辺

<しとどの窟説明板>
しとどの窟 説明板

【「しとどの窟」の由来】
なお「しとどの窟」の由来は、
追手が「シトト」と言われる鳥が
急に飛び出してきたので、
人影がないものとして
立ち去ったと言われていることから
きているとのことです。
なお、「しとと」とは、
アオジ・ノジコ・ホオジロ・ホオアカなどの
小鳥の古名です。

<動画・しとどの窟(湯河原)>

【所在地】
〒259-0313 神奈川県足柄下郡湯河原町鍛冶屋

【交通アクセス】
<バス>
伊豆急バス⇒運休扱い
麓より徒歩3時間程度
(歩道がないのでお勧めしかねます)
タクシー⇒「湯河原」駅から
12キロ25分5000円程度。





【駐車場】
有り
レスとハウス先のトンネルをくぐった辺り。
しとどの窟(湯河原町)駐車場

【トイレ】
廃業したレストハウスにあるとのことですが・・・・
レストハウスの雰囲気からして
私は行くのを躊躇しました。
(というか足が重くなってくる)
我慢は良くないので、
緊急の場合はどうぞ。

しとどの窟(湯河原)レストハウス

【余談ですが不思議な体験】
実はこの場所で少々不思議な体験をしました。
滑りやすい坂道をひたすら降りていくのですが、
あと「百五十米」の標識の辺りから
耳元でひたすらささやく声が聞こえてきました。
それも複数で声の主たちは男性です。
坂を下るにつれてだんだんと囁き声は
大きくなり、耳元、背後からと
ざわざわと聞こえてくるようになりました。
同時に自分の感覚が少しおかしくなりました。
辺りが少し「霧」か「靄」に包まれたような感じです。
勿論、この日は快晴で、坂道は薄暗いですが、
霧も靄もかかってはおらず、
視界は極めて良好です。
坂を下りきり、
上りに差し掛かる処で写真を1枚。
ここからは少し急な上りで石の階段です。
そして「おー」という歓声が聞こえ、
話声と拍手する音がしたので、
てっきり先客がいるのだと思っていました。

しとどの窟

が、しとどの窟に辿り着くと、
誰もおらず、
ざわついていた声も、
囁き声もしなくなりました。
「霧」か「靄」に包まれていたような
感覚もなくなり
スッキリと視界は頭の中が
晴れた感じがしました。
そしてそこには
湧き水が滝になって滴り落ちる
音だけが響いていました。
帰り道、今度は下って上りです。
実は行きより帰りの方が、
自分にとっては断然楽でした。
「百五十米」まで囁き声が聞こえ、
それ以後はピタッとやみました。
そしてしばらく進むと、
今度はバイク音が聞こえるようになり、
ああ、戻ったと思いました。

・・・家に帰って調べると
神奈川県はもちろんのこと、
全国でも有名な心霊スポット
であることを知った次第です。
それらのサイトに載っているエピソードも
初めて知りましたが、
私が聞こえた声は
あくまでも男性たちだけでした。
昔から有名な山岳信仰の場でもあるので、
修験者や巡礼者たちの
残留思念みたいなもの
だったのかもしれません。

しとど窟では、視界も頭の中も
すっきりとしたのでこれが
「ご利益」なのかもしれません。
あとは帰り道の登坂、
きつくなく大丈夫だったこと、でしょうか。
何せ鎌倉幕府を開いた
源頼朝公が身を潜ませていた場所ですからね。

心霊スポットやパワースポットと
称される場所は人間の強い欲や願い、
そこへ行って恐怖を覚えた
人間の恐怖心など多くの思念が
残留しているため、
その場所では肉体的に悪い影響を
受けやすいとも云われているそうです。





私自身はほんの少~しだけ
「霊感」みたいなものはありますが、
あくまでも微々たるものです。
父方の祖母と曾祖母は、
はっきりとした霊感を持っており、
生前、いくつかの逸話を
聞いたことがあります。

【しとどの窟(真鶴町)】

真鶴町真鶴港の近くのしとどの窟は、
源頼朝の時代には130mの
奥行きがあったと言われていましたが、
徐々に波に削られてしまい、
江戸時代末期には間口3m、
奥行き11mほどの大きさとなっていました。
当時の窟は海に面していましたが、
関東大震災による土地の隆起で
現在の高さとなったそうです。
真鶴町指定文化財です。

しとどの窟(真鶴町)

さらに第二次世界大戦時、
真鶴岬溶岩(安山岩質)から成る
この場所は、
三浦半島に海軍飛行場を作るため、
資材として多くの石が切り出され、
今の規模となったとのことです。
江戸時代末期に築かれた
品川台場(砲台)にも
真鶴産の石が使われており、
同地内に品川台場礎石の碑として
礎石だけが移されています。

しとどの窟(真鶴町) お堂

【交通アクセス】
<徒歩>
東海道本線「真鶴」駅より徒歩18分程度。

真鶴町 地図

【近隣情報】
道路を挟んで斜め向かいに
魚市場と専用の駐車場があります。
真鶴港に面しています。

真鶴 食堂 駐車場

魚市場には数軒の食堂があります。
公共のトイレもあります。
直ぐ近くには真鶴漁港があります。





【2ヶ所の「しとどの窟」】
上記のように
源頼朝ゆかりの史跡である「しとどの窟」は
真鶴町真鶴港の近く、
湯河原町北西に連なる城山にそれぞれあります。
治承4年(1180年)、
石橋山の戦いで平家に敗れた源頼朝が、
これらの地にあった岩屋(洞窟)に身を隠し、
箱根権現別当のもとに逃れた後、
岩海岸(現在の岩海水浴場)から
安房国へと脱出したと伝えられています。
現在は「頼朝は房総半島へ渡るまでに、
いくつかの場所に身を隠したのではないか」
ということにされています。

【岩海岸(海水浴場)】

古くから「源頼朝船出の浜」とも呼ばれています。
神奈川県足柄下郡真鶴町岩の
相模湾に面した岩海岸は夏場は海水浴場となります。

岩海岸(岩海水浴場)・真鶴町

相模湾に面する
神奈川県足柄下郡真鶴町の海岸及び海水浴場です。
岩漁港がすぐ近くにあり、
釣りやヨットが楽しむことができ、
相模湾のアジは
新かながわ名産100選に選ばれています。
真鶴半島唯一の砂浜の海岸で、
県内でも水質が高く、
波が静かであるため
例年の夏は親子連れで賑わいます。
海上に架かる岩大橋は岩海岸の
シンボル的な存在となっており、
かながわの橋100選に選ばれています。
さらに左手には弁天島と呼ばれる
松と鳥居の島があるのが特徴です。
海水浴場のすぐそばには
有料駐車場(ハイシーズンのみ有料)があります。

【歴史】
治承4年(1180年)8月28日、
石橋山の戦いに敗れた源頼朝が
安房国に船出した浜と伝えられています。

源頼朝船出の浜 石碑

【周辺】
真鶴町は鎌倉時代から続く
銘石「小松石」の産地であるため、
海だけではない史跡が存在しています。

石橋山の戦い~源頼朝旗揚げの地!300VS敵3000!大敗するも真鶴から安房へ逃れて再挙を図る。

中村宗平~中村党の祖で源頼朝を支えてきた武士団で、鎌倉党とは大庭御厨を巡る対立がありました。

源頼朝の生涯~武家政治の創始者~武家源氏の主流の御曹司でイケメンだったそうです。

土肥実平とその妻~武士団「中村党」の中心であり頼朝から厚い信頼を受けた宿老~小早川家の祖。

千葉常胤~桓武平氏の流れをくむ千葉氏の中興の祖~鎌倉幕府成立に大きく貢献した人物です。

梶原景時~鎌倉ノ本体ノ武士~文武両道で実務能力の高さ故に疎まれやがて滅ぶ。

大庭景親~坂東八平氏の鎌倉氏の一族~最期まで平家に忠誠を尽くした人物です。

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