城跡

久野城~築城は久野宗隆、戦国時代の戦の為の城から周辺を統治する城へと変化しました。

久野城址 駿河



スポンサーリンク



【久野城】

久野城(くのじょう)は久野宗能の居城として知られています。
久野氏はもともと今川氏の家臣でしたが、
久野宗能の兄・元宗が
桶狭間の戦い」で討死すると、
家督を継いだ久野宗能は徳川家康に従い、
各地で戦功を立てました。
天正18年(1590年)に
徳川家康が関東に転封すると、
久野宗能は下総佐倉へと移り、
松下之綱が城主となりましたが、
慶長8年(1603年)に
ふたたび久野宗能が城主となり、
久野宗能の孫の宗成が
徳川頼宣の家老として
紀州入りに従い田丸城に移ると、
北条氏重が城主となりました。
寛永17年(1640年)に
北条氏重が関宿へ転封になると、
横須賀藩預かりとなり、
正保元年(1644年)に廃城となりました。
現在城址は公園として整備されており、
土塁や竪堀などの遺構が残っています。

久野城址案内板

【縄張形態】
丘城(平山城)

久野城址 案内図

【標高(比高)】
34m

【築城主】
久野宗隆

【築城年】
明応年間(1492年〜1501年)

【廃城年】
正保元年(1644年)

【主な城主】
久野氏、松下氏、北条氏重

【遺構】
曲輪、土塁、空堀、竪堀、井戸

<北の丸>
久野城址 北の丸
※北側駐車場の上が北の丸です。

<大土塁>
久野城址 大土塁

<東の丸・本丸及び二の丸分岐>
久野城址 東の丸・本丸及び二の丸分岐

<三の丸>
久野城址 三の丸

<本丸>
久野城址 本丸

<本丸からの眺め>
久野城址 本丸からの眺め

<二の丸~高見>
久野城址 二の丸~高見

<二の丸>
久野城址 二の丸

【指定文化財】
市史跡

城跡は整備されトイレのある
駐車場は北側にあります。
パンフレットもあります。
綺麗に草が刈られており、
とても歩きやすいです。
階段も登りやすくなっています。

<北側駐車場>
久野城址 北側駐車場

【交通アクセス】
(電車)
JR東海道本線「袋井」駅から
タクシーで15分程度。

(車)
新東名高速道路「森掛川IC」から20分程度。

【駐車場】
久野城址駐車場(無料:15台)

【所在地】
〒437-0017 静岡県袋井市鷲巣1281

頭陀寺城跡~松下氏の居館跡、若き豊臣秀吉が仕え、井伊直政が養子に入り徳川家康に出仕。

関連記事

  1. 興国寺城跡 興国寺城~国指定史跡~(伝)伊勢盛時の旗揚げの城であり今川・小田…
  2. 大胡城跡 本丸へ 大胡城跡~上杉氏と小田原北条氏の攻防、そして徳川家康の天下の狭間…
  3. 尾附城 (群馬県神流町) 尾附城 ~山中衆の土屋山城守高久が築城、武田の武将小幡氏の重臣で…
  4. 刈谷城跡 刈谷城~元は「刈屋城」、水野忠政が築城、信元が後を継ぎ於大の方は…
  5. 木曽小丸山城 木曽小丸山城~応永年間(1394年~1428年)に築かれた山城で…
  6. 尾張・大草城(尾張国知多郡) 尾張・大草城(尾張国知多郡)~織田有楽斎(長益)が入城予定の幻の…
  7. 岡本城(安房国) 安房里見氏 岡本城(安房国)~里見氏城跡として国の史跡に指定、里見水軍の拠点…
  8. 本納城址 本納城~里見氏の支城から士気酒井氏が統治した中世山城の遺構が多く…



スポンサーリンク




コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

おすすめ記事

  1. 梶原景時~鎌倉ノ本体ノ武士~文武両道で実務能力の高さ故に疎まれやがて滅ぶ。 梶原御霊神社

ピックアップ記事

  1. 明王院 五重塔 本堂
  2. 鑁阿寺 鐘楼
  3. 塩原城(塩原要害)
  4. 岡本城(安房国) 安房里見氏
  5. 与一塚(佐奈田霊社)
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
PAGE TOP