明智家臣

菊丸の正体とは?~滝川一益?服部半蔵?石川五右衛門?~いろいろ考えてみました。

里山






NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が始まりました。

主人公は「明智光秀」ではありますが、
一方で「群像劇」とされており、
実在・架空と実に多くの魅力ある人物が登場します。
中でも、
架空キャラとされている
菊丸伊呂波太夫
物語を引っ張っていく重要な役どころで
物語終盤まで登場するとか・・・。

今回はその中で「菊丸」について記してみたいと思います。

菊丸(きくまる)を演じているのは
岡村隆史(おかむらたかし)さんです。

【菊丸】

野盗に捕まって連れまわされていた菊丸を
光秀が救った事から、両者の間に不思議な縁が
生まれます。
菊丸は光秀に自らを三河の農民と
語りますがその素性はナゾに包まれています。
神出鬼没で明智荘にふらりとやってきたり、
光秀の旅先にひょっこり現れたり。
一介の農民であるにも
関わらず、尾張の織田氏や駿河の今川氏の事情にも詳しいのでした。

時に光秀に貴重な情報をもたらし、
その危機を救うこともあり。

(引用元:NHK大河ドラマガイド「麒麟がくる・前編」より)

【農民ではない!】
神出鬼没、とあるのでまず農民ではないでしょう!
農民であるはずがありません。
定住はしておらず、自由に動ける身分でしょう。
しかも、移動するにはお金がいります。
それこそ「物売り」や
「大道芸」などで生計をたてているのなら別ですが、
伊呂波太夫と異なり、
そういった描写は出てこないようです。
但し、回を重ねるにつれて、
物売りに化ける、という描写は出てきます。
普通の農民がすぐにそのように対処できるでしょうか?
慣れていないとできませんよね?
ド素人だとそれこそ「アヤシイ」とばれてしまうし。
恐らくは何度か経験があると思います。
また、移動の際も
「誰か」がお金を出しているのでしょう。
第1回でも、光秀が旅に出たいと申し出た時、
斎藤利政(道三)とのお金のやり取りをしていたので、
無一文では旅には出ることはできません。
そして、自分の身を守るための
術を最低でも一つは身に着けていないと
あちこち出るには危険がありすぎます。

なので・・この「菊丸」は
決して農民ではないでしょう。
かといってそれこそ
見聞を広げたい、自分を雇ってくれる人を探したい、
という思いを抱いているかと思えば、
その描写も第1回を見る限りではありません。
何らかの意図があって、誰かの命を受けて
美濃の国に入り込んできたと思うのです。
ではその雇い主は誰か?

ガイドブックによると駿河にも尾張にも詳しいとあります。





【木俣守時・守勝親子?】
最初、自分は
明智光秀徳川家康の双方に仕えた
木俣清三郎守勝かな?と思いましたが、
年代が異なります。
木俣清三郎守勝は三河出身ではありますが、
1555年ごろの生まれだとされています。
なので木俣守勝ではありません。
けれども、その父親ならばどうでしょう。
木俣守勝の父親である木俣守時の代から
三河に住みついているともいわれています。

木俣清三郎守勝 三河出身~明智光秀と徳川家康に仕えた武将、その正体は??

他に三河出身者としては
徳川氏の前身である
松平氏の譜代家臣・酒井忠親の次男として
生まれて、徳川家康の父・松平広忠に仕えた酒井忠次

【酒井忠次】

酒井 忠次(さかい ただつぐ)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての三河の武将。徳川氏の家臣。
生まれたとされる年は大永7年(1527年)です。
徳川四天王・徳川十六神将ともに筆頭とされ、
徳川家康第一の功臣として称えられています。
竹千代(徳川家康)が今川義元への人質として駿府に赴く時、
竹千代に従う家臣の中では最高齢者(23歳)として同行しています。

うーん、そのような身分の方が
農民のようないでたちで
神出鬼没するとは思えないので恐らくは違うかな?

蜂須賀正勝(小六)】

蜂須賀 正勝(はちすか まさかつ)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。
豊臣秀吉(羽柴秀吉)の股肱の家臣。
播磨龍野城主。徳島藩主蜂須賀家の家祖。

蜂須賀氏は尾張国海東郡蜂須賀郷を拠点とした国衆で、
蜂須賀正利の長男として蜂須賀城に生まれました。
生まれたとされる年は大永6年(1526年)
初名は利政とされています。
通称は小六(ころく)もしくは小六郎(ころくろう)で、
のちに彦右衛門(ひこえもん)と改名しています。。
官位は従四位下、修理大夫。
父・正利の代より美濃斎藤氏に仕えていた模様です。
それが理由で織田信秀方に付いた一族とは
敵味方に分かれていました。

【蜂須賀正勝(小六)?】
一説によりますと、
羽柴(豊臣)秀吉は織田氏に仕える以前に
蜂須賀正勝に仕えていたとも云われ、
秀吉による推薦があって(敵側だった)正勝は
織田信長の家臣となったという話もあるそうです。

今後、木下藤吉郎(のちの羽柴秀吉)とも接点を持つ菊丸。
年代的にも、仕えていた主君からも、
もしや?と思ってしまいます。
ただし生まれは三河ではありません。

滝川一益

滝川 一益(たきがわ いちます / かずます)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。
織田信長の家臣。
生まれた年は大永5年(1525年)とされています。
父は近江国甲賀郡の国人・滝川一勝もしくは
滝川資清といわれているそうです。
また、池田恒興と同族(従兄弟)とされる場合もあります。
尾張国の織田信長に仕えるまでの半生は不明です。
父が甲賀出身であるとする立場からですと
近江国の六角氏に仕えていたと
みられることもあるとのことです。。

【滝川一益?】
織田信長に仕えた時期はこれまた不明ですが、
信長公記」首巻では、
織田信長が踊りを興行した際、
「滝川左近衆」が餓鬼の役を務めたという記述がありそうです。
また親族とされる慈徳院が、
弘治年間(1555年~1558年)に生まれた
織田信忠の乳母であったことから、
この頃には織田信長の家臣であったと推測されているそうです。

永禄3年(1560年)、
滝川一益は、北伊勢の桑名は美濃国との境であり、
患となる可能性があったため、桑名長島の地を得、
北畠氏や関氏に対し備えることを
織田信長に進言したとされています。
まずは尾張国荷ノ上の土豪で
長島城主・服部友貞の資金によって蟹江城を構築し、
やがて服部友貞を放逐して蟹江城主となります。
永禄6年(1563年)、のちに清洲同盟と称されるでは
松平家康(後に徳川に改姓)
との同盟交渉役を担ったとされています。

永禄10年(1567年)と永禄11年(1568年)の
2度に渡る伊勢攻略(北勢四十八家を中心とする諸家を滅ぼした)
際には攻略の先鋒として活躍していたそうです。





三河出身ではないですが、
美濃国に入った理由や生まれた年代、
そして不明とされている前半生なので
自由に描ける人物でもあります。
「菊丸」がどことなく忍びの者であるとも推測されるので
その点、「滝川一益」は近しいとも言えます。

【服部 半蔵(初代及び2代)】

服部 半蔵(はっとり はんぞう)は、
戦国時代から江戸時代にかけて
松平氏から徳川氏の麾下で活躍した者を指します。
代々「半蔵」を通称の名乗りとした
服部半蔵家の歴代当主とのことです。
詳細は不明ですが、
忍者だったのは初代だけであり、
2代目以降は忍者ではなかったとされています。

もともとの先祖は
伊賀国花垣村余野(現伊賀市)の千賀地谷に居住し、
そこで代々周辺の地を治めてきた一族とされています。

【初代 服部半蔵(半三)保長/正種】
生没年不詳。伊賀出身の忍者。
伊賀を出て室町幕府12代将軍足利義晴に、
続いて三河にて松平清康に仕えました。
隠居後は号を浄閑として岡崎城下で没したということです。

【2代目 服部半蔵(服部 正成(はっとり まさなり/まさしげ)】
服部 正成(はっとり まさなり/まさしげ)は
戦国時代から安土桃山時代にかけての三河の武将。
通称は半蔵(はんぞう)で、服部半蔵の名でよく知られている。
いわゆる「服部半蔵」として世間でよく知られるのは
この二代目であるとされています

松平氏(徳川氏)の譜代家臣で徳川十六神将、
鬼半蔵の異名を取ります。
なお、同じ十六神将に「槍半蔵」と呼ばれた渡辺守綱が存在しています。
実戦では、徳川家康より預けられた
伊賀衆(伊賀同心組)と甲賀衆を指揮していたとされています。

【服部半蔵?】
2016年の大河ドラマ「真田丸」でも
初代と二代にわたって登場した人物です。
今回の「麒麟がくる」でも幼少期の徳川家康の時から、
「明智光秀」「菊丸」との絡みがあるので
もしや・・と思っています。
初代は生まれは三河ではありませんが、
二代目ははっきりと「三河」の武将とあります。
ただし、二代目の生まれた年が1542年であるようなので、
「菊丸」は初代かもしれません。
岡崎城にも出入りしているようなので、
実は二代目であるかもしれません。
そして
何らかの命を受けて、伊賀を出て京を出て、
三河にやってきた可能性はあります。
「滝川一益」と同様に、
忍び、或いは忍びの出の可能性が高いので、
候補として挙げてみました。
鉄砲にも詳しかったですからね。
それこそまだこの時代(1540年代)では、
農民が鉄砲に詳しいはずがありません。
それはもう少し後の時代になると思います・・。

更に、天正10年(1582年)6月に
勃発した本能寺の変のあと、
堺に滞在していた徳川家康一行が
甲賀・伊賀を通って伊勢から三河に帰還した、
いわゆる「伊賀越え」に際しては
二代目である服部半蔵(正成)が手引きをしたとあります。

もしかしたら初代と二代で二役で
登場する可能性もあるかもしれませんね。

【光秀と菊丸と家康の関係は?】
「菊丸」が実は徳川家康の家臣(忍び)であるとするならば、
三河や尾張や駿河の情勢について詳しいのも納得できます。
本能寺の変の後の「伊賀越え」が出来たのも、
光秀から事前に何らかの情報を得ていたかもしれません。
更に、明智光秀が本能寺の変を起こした背景に、
徳川家康が関与している可能性も高くなってくるかもしれません。

石川五右衛門

石川 五右衛門(いしかわ ごえもん、
生年不詳 ⇒文禄3年8月24日(1594年10月8日)は、
安土桃山時代の盗賊の首長。文禄3年に捕えられ、
京都三条河原で煎り殺されました。
見せしめとして、
彼の親族も大人から
生後間もない幼児に至るまで全員が極刑に処されたそうです。

【伝説の石川五右衛門】
出生地は伊賀国・遠江国(現浜松市)・
河内国・丹後国など諸説あるそうです。
伊賀流忍者の抜け忍で
百地三太夫の弟子とされる事もあるそうです。
遠州浜松生まれで、真田八郎と称しましたが、
河内国石川郡山内古底という医家により
石川五右衛門と改めたという説もあるそうです。

また、丹後国の伊久知城を本拠とした
豪族石川氏の出であるとする説もあるそうです。
石川氏は丹後の守護大名一色氏の
家老職を務めていましたが、
天正10年、一色義定の代の頃、
石川左衛門尉秀門は豊臣秀吉の命を受けた
細川藤孝の手によって謀殺され、伊久知城も落城しました。
落城の際、秀門二男の五良右衛門が落ち延び、
後に石川五右衛門となったとされています。
この故に豊臣家(秀吉)を敵視していたと伝っているそうです。
伊久知城近辺には
五良右衛門の姉の子孫が代々伝わっているとされています。

一色義定と一色義道・義清~かつての幕府の四職~明智光秀に味方し丹後一色氏は散りゆく

またさらに別の説では
三好氏の臣 石川明石の子で、
体幹長大、三十人力を有し16歳で主家の宝蔵を破り、
番人3人を斬り黄金造りの太刀を奪い、
逃れて諸国を放浪し盗みをはたらいた」
ともあるそうです。

そしてこれら「石川五右衛門」は
従来その実在が疑問視されていましたが、
イエズス会の宣教師の日記の中に、
その人物の実在を思わせる記述が見つかっています。





【石川五右衛門?】
「菊丸」は今後、木下藤吉郎ともかかわっていくようなので
挙げてみました。
実際に活躍した年代や処刑された年齢などを鑑みると、
合わない可能性は高いですが、
そこはドラマなので「石川五右衛門」だったら
面白いな・・と思ってあげてみました。

更に、ガイドブックを見ると
「尾張」にも「駿河」にも詳しいとあります。

「石川五右衛門」の出身地の一説に遠江がありますので、
この説通りであるならば、
「尾張」も「駿河」も詳しいのも納得がいきます。

また、実は「石川五右衛門」は歴代大河ドラマでも登場しています。
私の印象が特に強いのは
1978年の「黄金の日日」で
根津甚八さんが演じられた「石川五右衛門」ですが、
明智光秀・羽柴(豊臣秀吉)に深く関わったとして描写されているのが
1996年の大河ドラマ「秀吉」に登場する「石川五右衛門」です。
この時の主人公の「秀吉」役は竹中直人さんで
赤井英和さんが「石川五右衛門」を演じられました。

このお話では、明智光秀の最期を見届け、
光秀の首を坂本城に届けたのが「石川五右衛門」となっています。

また、人物の設定としてこの「石川五右衛門」は
「秀吉」の幼馴染で当初は「がんまく」と名乗っていました。
「秀吉」とは立場を変えて
立身出世していく彼に対して次第に嫉妬していき、
京や大阪で盗賊として活動するようになります。

【光秀と菊丸と藤吉郎の関係は?】
今後、木下藤吉郎は、明智光秀の最大のライバルとして
立ちはだかってきます。
その時、
どこにも仕官していない
名もなき青年時代の藤吉郎と出会った菊丸が
今後どのように木下藤吉郎と関わっていくのか、
想像すると、また家康サイドとは違った
物語が展開していくかもしれません。

「菊丸」はなにかと明智光秀を助けるようでもあるので、
もしかしたら、出生していく木下藤吉郎(羽柴秀吉)とは
敵対していくのかな?とも思ってしまいます。
そしてそれが本能寺の変として繋がっていくのかもしれないと
思ってしまいます。

或いは、上記に上げた人物ではない全く違う誰かかもしれないし、
やっぱり架空の人物かもしれません。
実はまだ候補の方が何人かいます。

みなさまも何かご意見などございましたら、
コメントに入れていただけると嬉しいです。

また何か新しい情報など出ましたら、更新させていただきます。

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