鎌倉殿の13人

天野政景、承久の乱で活躍し、遠江・武蔵・安芸国・信濃国等の各地に多くの所領を得ます。

東伊豆の海



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【天野政景】

天野 政景(あまの まさかげ)は
鎌倉時代前期の御家人です。
長門国守護、和泉守。
天野遠景の長男で、
母は狩野茂光の娘です。

【時代】
鎌倉時代前期

【生誕】
不詳

【死没】
不詳、
宝治元年(1240年) – 延応2年(1247年)頃?

【別名】
六郎(通称)、
和泉前司

【戒名】
高安寺覚正仏円

【官位】
左衛門尉、
和泉守

【幕府】
鎌倉幕府 長門国守護

【氏族】
天野氏

【父】
天野遠景

【母】
狩野茂光の娘

【妻】
高井高茂の娘
(法名:覚園・号:由井尼)

【子】
光景、景氏、
政泰、景村、
義景、景経、時景、
源顕平室(資平母)、
相馬胤綱後妻、
北条実泰妻(北条実時母)

石橋山の戦いに参戦】
石橋山の戦いに父とともに
源氏方で参戦したことが「吾妻鏡」に記されています。
以後、父とともに行動していたと見られています。

【独自の行動の初出は牧氏事件
独自の行動として知られる初出は
元久2年(1205年)の
牧氏事件に際して、
北条政子の意向を受けて
長沼宗政・結城朝光・三浦義村らとともに
将軍源実朝北条時政の屋敷から
北条義時の屋敷に移す使者を務めています。

承久元年(1219年)に源実朝
鶴岡八幡宮で暗殺された際には、
供奉者の中に天野政景の名があり
(「吾妻鏡」)、
続く三寅(藤原 頼経(ふじわら の よりつね))
の鎌倉下向の際には
随兵として名前が見られます。
(「承久記」)




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承久の乱
承久の乱では、東寺に籠る三浦胤義を攻撃し、
次いで嵯峨において山田重忠を攻め滅ぼしています。
その一方、子の天野時景は後鳥羽上皇方に
ついて梟首されています。
その戦功によって
貞応元年(1223年)には、
長門国守護に補任され、
前後に遠江国山香荘・
武蔵国船木田荘由比郷・
安芸国志芳荘などを与えられました。
なお天野政景の没後、
その息子たちが所領争いを
起こしていますが、
その際に問題とされた所領の多くは
天野政景の時代に由来する所領であり、
後世の天野氏の所領の多くが
天野氏の祖である天野遠景ではなく
天野政景が恩賞として
得た土地であったとみられています。

【天野政景の史料による最後の登場】
寛喜2年(1230年)2月8日には、
和泉守に補任されています。
『吾妻鏡」での最後の登場は
延応元年(1239年)5月5日条で、
仁治3年(1242年)以後は
息子である天野義景が
長門国守護として活動していることから
延応元年から遠くない時期に
亡くなったとみられています。

【惣領を継いだのは次男か】
没後の寛正3年(1245年)11月2日、
長男の天野光景が肥後守に補任されたものの、
以後惣領として登場するのは、
次男の天野景氏であり、
天野光景が早世して
天野景氏が養子として
その地位を継いだと考えられています。

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