鎌倉殿の13人

1分でわかる姫の前~北条義時の正室、源頼朝お気に入りの女官で絶世の美女だが、比企一族の乱で離縁。

鎌倉 大倉御所跡




姫の前

姫の前(ひめのまえ、
生年不詳⇒ 承元元年3月29日
(1207年4月27日))は
鎌倉時代初期の女性です。
鎌倉幕府の御家人である比企朝宗の娘です。
鎌倉幕府第二代執権・北条義時の正室でした。
子に北条朝時(名越流祖)、
北条重時(極楽寺流祖)、
竹殿、
源輔通、源輔時。

【姫の前は絶世の美女】
源頼朝の大倉御所に勤める女官であった
姫の前は「吾妻鏡」に
「比企の籐内朝宗が息女、
当時権威無双の女房なり。
殊に御意に相叶う。容顔太だ美麗なり」
と記されており、
源頼朝のお気に入りであったとのことです。
たいへん美しく、並ぶ者のない権勢の女房でした。

【鎌倉版・バリキャリ女子で家柄も良し】
現代風に言えば、
丸の内か霞ヶ関のバリキャリ女子、
といったところでしょうか?
加えて絶世の美女、ですからね。
北条義時は一年あまりの間、
姫の前に恋文を送っていたそうですが、
姫の前は一向になびくことがありませんでした。
姫の前は勿論、父親の比企朝宗は
天皇の身辺警護を担当していた内舎人で、
鎌倉にとってはエリートでした。
身分も家柄もこの当時は、
北条義時より、姫の前の方が
高かったのでしょう。
故に「ふさわしくなくてよ」
といった感じだったのでしょう。

【源頼朝、恋のキューピッドになる】
それを見かねた源頼朝が
北条義時に
「絶対に離縁致しません」という起請文を書かせて
(貴殿がそれを書かせる?)
二人の間を取り持ったということです。
こうして建久3年(1192年)9月25日、
姫の前は北条義時に嫁ぎ、
建久4年(1193年)に
北条義時の次男である北条朝時、
建久9年(1198年)には
三男である北条重時を産みます。





比企能員の変で離縁】
けれども幸せな時は長く続かずで
建仁3年(1203年)9月、
比企能員の変が起こり、
実家である比企氏が夫である
北条義時率いる軍勢によって滅ぼされました。

【姫の前、再婚する】
「吾妻鏡」ではその後の姫の前の
消息については不明ですが、
「明月記」嘉禄2年(1226年)
11月5日条によりますと、
「源具親(みなもと の ともちか)の子である
源輔通(みなもと の すけみち)は
北条朝時の同母弟で、
幕府から任官の推挙があった」と記されており、
源輔通は元久元年(1204年)
生まれである事から、
姫の前は比企の乱の直後に、
北条義時と離別して上洛し、
源具親と再婚して
源輔通を生んだものと見られています。
また天福元年(1233年)に、
北条朝時の猶子となった
源具親の次男の源輔時も
姫の前所生と見られています。

【姫の前、亡くなる】
「明月記」承元元年(1207年)3月30日条に、
前日に源具親少将の妻が
亡くなった事が記されており、
姫の前は再婚後3年ほどで京都で死去しているとのことです。

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