城跡

金沢城~加賀百万石の城~歴史的建造物と再建造物の素晴らしさを堪能できるお城です。

金沢城 石川橋から石川門へ続く道




金沢城

金沢城(かなざわじょう)は、
加賀国石川郡尾山
(現・石川県金沢市丸の内)
にあった日本の城です。
江戸時代には加賀藩主前田氏の居城でした。
城址は国の史跡に指定されており、
城址を含む一帯は
金沢城公園(かなざわじょうこうえん)
として整備されています。

【別名】
尾山城、尾上城、金城

【城郭構造】
梯郭式平山城

【天守構造】
不明(1592年築とも)
御三階櫓
(望楼型3重4階 1603年築)非現存

【築城主】
佐久間盛政

【築城年】
天正8年(1580年)

【主な改修者】
前田利家
前田利長

【主な城主】
佐久間氏、前田氏

【廃城年】
明治4年(1871年)

【遺構】
長屋・門、石垣、土塁、堀
移築能舞台

<石垣1>
金沢城 石垣1

<石垣2>
金沢城 石垣2

<内堀>
金沢城 内堀

<いもり堀>
金沢城 いもり堀

<石垣と堀>
石垣と堀

【指定文化財】
国の重要文化財
(石川門、三十間長屋、鶴丸倉庫)、史跡

<石川門>
金沢城 石川門

<鶴丸倉庫>
金沢城 鶴丸倉庫

<三十間長屋>
金沢城 三十間長屋

【再建造物】
菱櫓・橋詰門・橋詰門続櫓・五十間長屋
鼠多門・鼠多門橋

<橋詰門続櫓>と<橋詰門>
橋詰門続櫓と橋詰門

<五十間長屋>と<菱櫓>
金沢城 五十間長屋と菱櫓

<河北門>
金沢城 河北門

<鼠多門・鼠多門橋>
金沢城 鼠多門・鼠多門橋

<金沢城跡 図>
金沢城跡 図

<金沢城・兼六園の案内図>
金沢城・兼六園案内図

【地理的状況】
金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と
浅野川とに挟まれた小立野台地の先端に築かれた、
戦国時代から江戸時代にかけての梯郭式の平山城です。
かつて「尾山」と呼ばれたのも
この地形にちなんでいるとのことです。
台地先端を山の尾とみなしてからだそうです。

【城の特徴など】
櫓や門に見られる、
白漆喰の壁にせん瓦を施した海鼠(なまこ)壁と
屋根に白い鉛瓦が葺かれた外観、
櫓1重目や塀に付けられた唐破風や
入母屋破風の出窓は、金沢城の建築の特徴であるそうです。

<壁の説明>
金沢城 石川橋

【加賀一向一揆の拠点】
この地は加賀一向一揆の拠点で
浄土真宗の寺院でした。
尾山御坊(おやまごぼう、または御山御坊)」
寺とはいうものの、
大坂の石山本願寺(大坂御坊)と同じく、
石垣を廻らした城ともよべる要塞でもありました。
織田信長が一揆を攻め落とし、
跡地に金沢城を築いて佐久間盛政を配置しました。
後に佐久間盛政が賤ヶ岳の戦い
羽柴秀吉により討たれ、
羽柴秀吉は金沢城を前田利家に与えました。
前田利家は文禄元年(1592年)から
改修工事を始め、曲輪や堀の拡張、
5重の天守や櫓を建て並べました。
なお、兼六園は、
加賀藩五代藩主前田綱紀が
金沢城に付属してつくらせた蓮池庭を前身とし、
代々の藩主が改修した大名庭園です。





【金沢の地名について】
金沢の地名は室町時代の文明年間には
既に存在していたことが知られていました。
尾山御坊時代は金沢の小立野台地の先端、
すなわち山尾(尾山)にあったことから
尾山の呼称が使われていました。
佐久間盛政が新城を築いた時に
一向一揆の印象が強い尾山ではなく、
金沢を城名に用いたのですが、
前田利家が入城すると
羽柴秀吉(豊臣政権)に敵対して
滅ぼされた佐久間盛政命名の金沢城ではなく、
自身の出身地の
尾張国にも通じる尾山を採用しました。
けれども既に金沢の地名が
広く知られていたために
尾山城の名前は普及せず、
前田利家自身も
再び金沢の城名を
用い始めたのでないかと推測されています。

城址は明治以降、
存城とされて軍施設が置かれたため
建物の一部を残して撤去され、
第二次世界大戦後には
金沢大学が平成7年(1995年)
まで置かれていました。

【歴史】
【戦国時代・安土桃山時代】
天文15年(1546年)、
空堀や柵などを備える城造りの寺院であった
尾山御坊(金沢御堂)が建立され、
加賀一向一揆で加賀の支配権を得た
本願寺の拠点となりました。
天正8年(1580年) 、
佐久間盛政が尾山御坊を攻め落とし、
金沢城と改称して用いました。
天正11年(1583年)、
賤ヶ岳の戦いの後、
羽柴秀吉(豊臣秀吉)から
加増を受けた前田利家が
4月28日(新暦6月14日)に入城し、
尾山城と改称しました。
天正15年(1587年)、
バテレン追放令により除封された
キリシタン大名高山右近が前田利家に呼ばれ、
尾山城の大改造を行いました。
再び金沢城に改称されたのは
この頃だといわれています。
文禄元年(1592年)、
前田利家の子である前田利長が
再び改造を行いました。
慶長7年(1602年)、
天守が落雷によって焼失、
代わりに三階櫓が建造されました。
また、この頃から金沢城という名称が定着しました。

【江戸時代】
寛永9年(1632年)、
辰巳用水が城内に引かれた。
宝暦9年(1759年)、
宝暦の大火に見舞われました。

【構造】
典型的な平山城で、
本丸、二の丸、三の丸、新丸、
北の丸、玉泉院丸の曲輪がありました。
1602年、
落雷により天守閣を焼失後は再建されず、
代わりに三階櫓が建てられました。
1631年の寛永の大火後は
二の丸が城の中枢となり、
二の丸御殿が藩主の居所となりました。
城の周囲には、
大手堀、いもり堀、百間堀(ひゃっけんぼり)、
白鳥堀(はくちょうぼり)が存在しました。
保存状態が良いのは大手堀のみで、
他の3つの堀は明治時代末から
大正時代にかけて埋め立てられ、
道路などになってしまいました。
このうち、いもり堀は半分の堀幅で復元され、
2010年に再び水が張られました。
百間堀は明治44年に水が抜かれて
百間堀通り(百万石通りの一部)となりました。
石川門と兼六園をつなぐ石川橋は、
その際コンクリートアーチ橋に再建されたもので、
それ以前は土橋であったそうです。

<石川橋>
金沢城 石川橋

白鳥堀は緑化され、
歩行者専用の白鳥路(はくちょうろ)として
現在は市民の散策路になっています。

藩主の正式な登城経路は、
大手門(新丸)⇒河北門(三の丸)⇒
橋爪門(二の丸)⇒二の丸御殿となりました。
石川門や鼠多門は搦手門(裏門)でした。





城外には東西の内外
計4本の惣構堀(そうがまえぼり)が
掘られていました。
惣構堀は後に用水路として
転用されている部分が多いです。
兼六園内の山崎山は、
惣構外郭土塁の一部であり、
その南側の池は水堀の名残りです。

【城下にあった軍事拠点】
金沢城はあまり堅固な城ではなかったとのことです。
そこで有事の際、
城下町にて敵を迎え撃つための
軍事拠点として城下3ヵ所に
寺院群が設けられていたとのことです。
そのうちのひとつ、
寺町寺院群の妙立寺(通称:忍者寺)の
井戸には城内に通じる抜け穴があるとされています。

橋爪門続櫓の中央には、
武器や食料などの物資を
2階へ荷揚げするための
大きく広い吹き抜けの構造になっていました。
橋爪門続櫓が復元された時、
昔の荷揚げ用の吹き抜けの空間の構造は
そのままに再現されており、
その吹き抜けの空間を
そのまま利用してエレベーターが設置されてます。

【鉛瓦である理由】
瓦には冬の積雪に耐えられるように
軽量な鉛瓦が用いられていました。
有事の際には鉄砲弾の原材料に
転用可能だったということです。

【遺構】
<石川門(重要文化財)>
昭和10年(1935年)に、
高麗門、表門北方太鼓塀、表門南方太鼓塀、
櫓門、続櫓、櫓、附属左方太鼓塀、
附属右方太鼓塀の8棟が
旧国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定されました。
現在は金沢城公園の表門となっていますが、
かつては城の裏門でした。
その容姿から白門と通称されています。

<三十間長屋(重要文化財)>
昭和32年(1957年)に
国の重要文化財に指定されました。

<鶴丸倉庫(重要文化財)>
2007年(平成19年)に
県の有形文化財に指定され、
2008年(平成20年)に
国の重要文化財に指定されました。
現存する江戸期城郭土蔵としては
建築面積最大であるとのことです。
(2007年の県教育委員会調べより)。

<切手門>
城址内に再移築現存。

<東照権現>
尾崎神社に改称後、城址外に移築現存。
昭和6年(1931年)に本殿、
中門、透塀、拝殿及び幣殿(合わせて1棟)の4棟が
旧国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定されました。
金沢城の現存建物では最古となるとのことです。

<二の丸御殿唐門>
尾山神社に移築現存。

<二の丸能舞台>
金沢市中村町の中村神社拝殿に移築現存。

<玉泉院丸太鼓塀>
城址に移築現存。

<玉泉院丸庭園>
玉泉院丸庭園

玉泉院丸庭園の名の由来は、
二代目藩主利長の正室玉泉院(永姫)が
屋敷を構えたことからきています。
三代目藩主利常が
寛永11年(1634年)に庭作を始め、
その後も歴代藩主によって
手を加えられながら
廃藩時まで存在していた庭園です。
平成27年3月、
江戸時代末期の姿をもとに再現されました。





【所在地】
石川県金沢市丸の内

【交通アクセス】
JR西日本及びIRいしかわ鉄道
「金沢」駅から北鉄バスで約15分
「兼六園下」下車、徒歩約5分。

【料金】
入場無料

但し、
菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓・橋爪門については
有料となります。

<個人>
大人(18歳以上):320円
小人(6歳~18歳未満):100円

<団体(有料対象者30名以上)>
大人(18歳以上):250円
小人(6歳~18歳未満):80円

※500円で「兼六園」+「文化施設1施設」が利用できます。
兼六園プラスワン利用券

<日本100名城スタンプ設置場所>
二の丸案内所(午前9時から午後4時30分)
石川門入口案内所

【路線バス】
金沢駅―――兼六園下下車――― 金沢城公園(石川門口)・兼六園(桂坂口)
金沢駅―――広坂下車――― 金沢城公園(玉泉院丸口)・兼六園(真弓坂口)
金沢駅―――出羽町下車―――兼六園(小立野口)

兼六園シャトルバス
レトロバス「城下まち金沢周遊」号 など

【タクシー】
金沢駅より 約10分

【自動車】
北陸自動車道 金沢西ICから約30分
北陸自動車道 金沢東ICから約30分
北陸自動車道 金沢森本ICから約20分

【兼六駐車場】
金沢市小将町1-53
【電話】
076-263-1814
普通車:482台
バス(マイクロバス含む):12台収容
<営業時間>
24時間(年中無休) 
※バスは取扱時間以外の入出庫ができません
<取扱時間>
普通車」24時間 
バス:午前7時~午後10時
<料金>
普通車
最初の1時間:350円 
超過30分毎150円
午後10時~翌日午前8時
1泊1060円

散策所要時間:30分~2時間30分程度

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