城跡

黒羽城~大関高増が戦国期に築城し、黒羽藩として明治まで存続、松尾芭蕉も城下に滞在しました。

黒羽城址(大田原市)



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【黒羽城】

 
黒羽城(くろばねじょう)は、
現在の栃木県大田原市にあった
日本の城です。
別名は九鶴城。
黒羽城は大関高増によって
築かれた城です。
黒羽城(大田原市)由来
豊臣秀吉による小田原征伐の際には、
主家の那須氏の那須資晴は
小田原へ参陣しなかったために
改易されてしまいましたが、
大関高増はいち早く参陣して
所領を安堵されています。
さらに「関ケ原の戦い」においても
大関氏は東軍に与したので、
戦後に徳川家康から
加増されて1万8千石の大名となりました。
江戸時代を通じ、
関東では珍しく外様大名の大関氏が
藩主として支配しましたが、
廃藩置県により廃城となりました。
黒羽城には松尾芭蕉
奥の細道の旅行中で
最長の14日間、城下に滞在した
記録もあります。
松尾芭蕉と黒羽
城址は現在、
黒羽城址公園として整備され、
三の丸にある松尾芭蕉記念館には
大関氏関連の展示物もあります。
そのほか南にある大雄寺には
大関氏累代の墓があり、
光厳寺には大関美作守高増の
墓があります。

【別名】
九鶴城

【城郭構造】
山城

【標高(比高)】
250m(70m)

【築城主】
大関高増

【築城年】
天正4年(1576年)

【主な城主】
大関氏

【廃城年】
明治4年(1871年)

【遺構】
本丸、二の丸、会所、三の丸、
土塁、空堀

【指定文化財】
市指定史跡

【歴史・沿革】
黒羽城の起源は、
天文4年(1576年)に
大関高増が白旗城から
本拠を遷した事から始まりました。
黒羽城(栃木県)
天正18年(1590年)の
小田原征伐の際、
主家の那須氏の那須資晴は
小田原へ参陣しなかった為に
改易されましたが、
大関氏の当主である高増は、
弟である大田原氏の当主である
大田原綱清の息子大田原晴清と共に
いち早く参陣して所領を安堵されました。
(1万3千石)




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慶長5年(1600年)の
関ヶ原の戦いにおいて
大関氏は東軍に与したので、
戦後に徳川家康から加増されて
1万9200石の大名になりました。
また、関ヶ原の戦いのとき、
徳川家康が会津の上杉景勝
対する備えとして大規模な
改修が行われました。

寛文4年(1664年)に
江戸幕府4代将軍徳川家綱からの
領知朱印状によって、
大関氏の石高は1万8千石に
確定となり幕末まで変更はありませんでした。

元禄2年(1689年)に、
松尾芭蕉が奥の細道の旅行中に
4月3日から4月16日まで
最長の14日間、城下に滞在していました。

江戸時代を通じ、
関東では珍しく
外様大名の大関氏の支配は続きました。
黒羽城(大田原市)
明治4年(1871年)、
廃藩置県により廃城となりましたた。

【構造】
西は那珂川とそれに沿った崖に面し、
東には松葉川が流れる丘陵の上に築かれ、
本丸、中の丸、北の丸からなる内城
三の丸が囲むように配置されました。
黒羽城 周辺
黒羽城跡は現在、
黒羽城址公園となっていて
空堀・土塁などが良好な状態で
保存されています。
三の丸には黒羽芭蕉の館があります。
本丸跡に立つと、那須、日光連山が一望でき、
眼下には那珂川の清流があり、
城址公園として親しまれています。
また、4月にはさくらまつり、
6月下旬から7月上旬には
6千株の紫陽花が咲き、
紫陽花まつりが開催され
多くの観光客でにぎわいます。
<黒門跡>
黒羽城 黒門跡
(大田原市)
遺構が見られるのは城址公園と
その周辺だけではありません。
旧三の丸である「芭蕉の館」から
那珂川に向かうと、
中世山城そのままの土塁や
空堀が大雄寺にかけて大規模に残っています。
反対側の護国社のほうにも、
さらに古い八幡館の遺構がよく残っています。
これらを巡ると最低2時間はかかります。
駐車場(会所跡)にも
土類がよく残っています。
黒羽城(会所跡)

<黒羽藩重臣大沼家侍門>
黒羽小学校の前に移築保存されています。
黒羽藩重臣大沼家侍門
<所在地>
〒324-0233 栃木県大田原市黒羽田町525

【交通アクセス】
(電車など)
JR東北本線「西那須野」駅より
大田原市営バス黒羽線で約50分、
黒羽支所下車、徒歩約10分。

(車)
東北自動車道「矢板」ICより車で約40分。
「那須」ICより車で約30分。

【駐車場】
黒羽城址公園駐車場

【トイレ】
駐車場にあります。

【所在地】
〒324-0234 栃木県大田原市前田980

滞在所要時間:15分~2時間程度

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