【伊勢・千種城】
千種城は千種氏の居城として知られています。
後醍醐天皇に仕えた
千種忠顕の子、千種顕経の代に
禅林寺城から移っています。
千種氏は北勢48家の豪族を
支配下におくほどの勢力を
誇っていましたが、
永禄11年(1568年)に
織田信長が滝川一益に命じて
北伊勢を攻めたときに
降伏しました。
その後は織田信雄の領地となりますが、
天正12年(1584年)に
織田信雄と羽柴秀吉との問が
不仲になりますと、
羽柴秀吉は蒲生氏郷に攻めさせ、
落城させました。
現在城址には土塁や空堀などの遺構が確認できます。
本丸跡には昭和2年(1927年)に
建てられた城址碑があります。
場所は千草こども広場公園近くの
矢印通りに行った先の正面となります。
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【構造】
主郭と東郭の間の虎口、空堀、土橋、
そこから南側に続く土塁が見所となります。
北側は海蔵川と自然の崖で守られ、
南西隅の搦手には
落武者街道の看板、
主郭の立派な石碑の裏(西側)は
西の尾根を断ち切る大空堀があるとのことです。
【縄張形態】
平山城(丘城)
【標高(比高)】
110m(20m )
【築城主】
千種顕経
【築城年】
南北朝時代
【廃城年】
元和元年(1615年)
【主な城主】
千種氏
【遺構】
曲輪、土塁、空堀、土橋
【交通アクセス】
(電車)
近鉄湯の山線「菰野」駅からタクシーで15分程度。
近鉄湯の山線「菰野」駅から
菰野町コミュニティバスに乗り「千草公会所」
バス停下車、徒歩約8分
※バス運行に関しては最新の情報をご確認ください。
(車)
東名阪自動車道「四日市」ICから約20分
【駐車場】
城址の北東麓に
専用駐車場があるそうです。
3台程停められるスペースがあるそうです。
(ただし確認できず)
【所在地】
〒510-1251 三重県三重郡菰野町千草851
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