【中村公園(秀吉清正公園)周辺】
秀吉清正記念館がある中村公園周辺には、
秀吉・清正の生誕地碑、豊国神社、妙行寺、常泉寺など、
多くの史跡があります。
なお、愛称として秀吉清正公園と称され、
その愛称を広めたり、地域貢献活動を行っている
会があります。
【交通アクセス】
市バス名駅25、中村巡回「豊国神社」下車すぐ
地下鉄東山線「中村公園」下車3番出口より
北へ徒歩約10分
【駐車場】
普通車:1回300円
<利用時間>
午前8時45分~午後5時30分
(有料公園施設夜間利用時を除く)
<トラストパーク中村町>
<所在地>
〒453-0053 愛知県名古屋市中村区中村町6丁目27
豊國参道沿いにあるコインパーキングです。
「豊国神社前」信号から近いです。
1時間以内であれば公園内の駐車場より安いです。
今回はこのコインパーキングを利用しました。
<豊国神社>
(とよくにじんじゃ)
<豊公誕生地之碑>
(ほうこうたんじょうちのひ)
<日吉丸(ひよしまる)となかまたち>
昭和58年(1983年)に設置された、
日吉丸を中心とした5人の子どもたちの群像です。
秀吉のわんぱく盛りのころをイメージして、
石黒鏘二氏、品川譲氏ら
当地で活躍した造形作家により
制作されたとのことです。
<小出秀政宅跡>
(こいでひでまさたくあと)
小出秀政(1540年⇒1604年)は
尾張中村に生まれ、豊臣秀吉の家臣となりました。
妻は大政所(秀吉の母)の妹で、
秀吉より3歳年下となりますが、
叔父に当たります。
和泉岸和田三万石の城主となり、
秀吉の死後は、
秀頼の補佐役を務めました。
<妙行寺>
(みょうぎょうじ)
<常泉寺>
(じょうせんじ)
<木下長嘯子宅跡>
(きのしたちょうしょうしたくあと)
<八幡社>
(はちまんしゃ)
加藤清正は、永禄5年(1562年)、
秀吉生地の近隣で生まれました。
秀吉に仕えて武功をあげ、
各所に八幡社を勧請しました。
本社は、清正必勝祈願の社と伝えられています。
けれども加藤清正が
この地から出陣したことはないとのことです。
加藤清正は自らの故郷に
3か所の神社を創建したと
伝えられており、
その一つである可能性はあるとのことです。
<中村公園参道>
(なかむらこうえんさんどう)
正式名は「中村参道緑道」です。
「参道」と通称されています。
昭和63年に国土交通大臣選定の
「手づくり郷土賞」を受賞しました。
毎月9のつく日は
「九の市(くのいち)」が行われ、
多くの露店が出てにぎわうとのことです。
<大鳥居>
(おおとりい)
大正10年(1921年)に
愛知郡中村が名古屋市に併合されたのを記念し、
昭和4年(1929年)に
建てられた鉄筋コンクリート製の大鳥居です。
高さ24mを超え、
名古屋の新名所となったとのこと。
中村公園を出て荒子城跡に向かう際、
車窓から見えました。
<所在地>
〒453-0044 愛知県名古屋市中村区鳥居西通1丁目
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<秀吉清正記念館>
(ひでよしきよまさきねんかん)
豊臣秀吉、加藤清正の生きた時代や、
尾張の戦国武将の姿などを、
絵画、工芸、文書などの資料や
ビデオ映像などで紹介する資料館です。
名古屋市博物館の分館です。
中村公園文化プラザ2階
入館は無料です。
<開館時間>
午前9時30分から午後5時
<休館日>
毎週月曜日(祝日のときは、その直後の平日)
第4火曜日(祝日を除く)、
館内点検・年末年始休館
<所在地>
〒453-0053 名古屋市中村区中村町茶ノ木25
<電話>
052-411-0035
<ファックス>
052-411-9987
<駐車場>
普通車:26台
1回300円
(ただし30分以内は無料)
文化プラザ共用。
今回訪れたのは
<豊国神社>
(とよくにじんじゃ)
<豊公誕生地之碑>
(ほうこうたんじょうちのひ)
<日吉丸(ひよしまる)となかまたち>
<妙行寺>
<常泉寺>
(じょうせんじ)
<木下長嘯子宅跡>
(きのしたちょうしょうしたくあと)
です。
滞在所要時間:35分程度
羽柴秀吉(豊臣秀吉・木下藤吉郎)下層民から天下人の生涯を手短に!
豊国神社及び豐公誕生之地(豊臣秀吉公生誕地)の碑~中村公園(秀吉清正公園)にあります。
豊太閤産湯の井戸~もう一つの豊臣秀吉公生誕地 、常泉寺にあります。
清正公誕生之霊地 ~妙行寺は加藤清正公の縁の寺院で秀吉清正公園傍にあります。
加藤清正~多くの戦功、治水事業、農業、商業に手腕を発揮し築城の名手であり「清正公さん」として信仰されています。
木下勝俊と木下長嘯子宅跡~中村公園(秀吉清正公園)(名古屋)にあります。
名古屋城~日本100名城、特別史跡、日本三大名城、名勝、金鯱、起源は今川氏が築城し織田信秀・信長が居城した那古野城でした。
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