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たね(築山殿侍女)~結城秀康生母の小督の局か、西郷局暗殺疑惑の侍女か、それとも?

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【たね(築山殿侍女)】

20233年NHK大河ドラマ
どうする家康」の新たな出演者発表があり、
その中で「たね」という侍女役も発表されています。
出演者の紹介文は以下の通りです。

「名門関口家の侍女として、瀬名の世話をする。
元康(のちの家康)が織田方に転じたことで、
瀬名と共に捕らわれの身となる。
武家の娘らしく、信念を持ち義理堅く、
苦しい中でも瀬名やその子たちを
献身的に支え続ける。
心細い瀬名にとっては、頼りになる家族のひとり。」

とのことです。
さて、この「たね」という侍女ですが、
単に、瀬名姫の侍女であるか、
或いは瀬名以外の人物や
主人公と今後において何かしらの
関りが生じるのかは不明です。
そこで、史実として残っている
「瀬名姫(築山殿)の侍女」を紹介します。

【於万の方(小督の局、長勝院)】

於万の方(おまんのかた)
(小督の局、長勝院(ちょうしょういん、
天文17年(1548年)⇒
元和5年12月6日(1620年1月10日))は、
戦国時代から江戸時代初期にかけての女性です。
江戸幕府の初代将軍である徳川家康の側室。
物部姓永見氏の娘です。
通称おこちゃ、於万の方、小督局とも。
天正2年(1574年)に
徳川家康2男の於義丸(のちに結城秀康)を
生みました。

【生涯】
天文17年(1548年)、
三河にあった三河国知鯉鮒(ちりふ)明神の
社人・永見貞英(ながみさだひで)
の娘として誕生しました。
池鯉鮒明神は、
現在の愛知県知立市(ちりゅうし)にある
「知立神社」(ちりゅうじんじゃ)のことです。

永見貞英の家系は、第51代「平城天皇」
の流れを汲む、伊勢物語の主人公、
貴族「在原業平」の血筋の家と伝えられています。

名は万、おこちゃ、松、菊子、
於故満と伝わっています。
随庵見聞録に収録されている
本多重次書状写に「おこちゃ」と見えるので、
当時本多重次には「おこちゃ」と
呼ばれていたとされています。
また、「知立市史」では
万の母を水野忠政の娘で、
お大の方の外姪としています。
そうなると、徳川家康とは親戚となります。




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はじめ徳川家康の正室である
築山殿の奥女中で、
徳川家康の手付となり、
於義伊(のちの結城秀康)を
産んだとさていますが、
徳川家康が永見氏を臣従させたときに
万を仕えさせることを約束させ、
元亀3年に浜松城に仕え、
於義伊を産んだともされています。
この時、双子であったといわれ、
俗に永見貞愛がもう一人にあたるということです。
知立神社には、万が貞愛の容体を心配して
送った手紙が残されています。
当時、双子は「犬畜生と同じ双子腹」
と忌み嫌われていたとされており、
貞愛は万の実家・永見家に預けられ、
於義伊も徳川家康に嫌われ
2歳(または3歳)の時に初めて
徳川家康と対面したとのことです。

天正12年(1548年)、
11歳の於義丸が豊臣秀吉の養子となり、
のちに元服し秀康と改名しました。
秀康は結城晴朝の養女である
江戸鶴子と結婚し、
婿養子として結城氏を継ぎました。
関ヶ原の戦い後は結城秀康が
北ノ庄城の城主となったため、
万もこれに同行します。
慶長12年(1607年)に
結城秀康が北ノ庄にて急死すると、
徳川家康の許可なしに出家しましたが、
咎めはなかったとのことです。

元和5年(1619年)に72歳で
北庄において死去し、孝顕寺に葬られました。
永平寺に分骨。
葬送時の戒名は長勝院松室妙載大姉です。

【永見氏】
結城秀康の子孫である
越前松平家系の福井藩を始めとする
各大名家では、
庶流は長勝院にちなみ
永見氏を名乗るケースがあります。
また、家臣団中に
長勝院の縁戚である永見氏が複数存在しました。
永見吉克、永見吉次、永見吉望などです。
その他、同じく福井藩に関連する
永見民部(松平民部)がいます。

【「たね」は小督の局なのか?】
小督の局は徳川家康側の人物であり、
徳川家康と出会ったのは、
浜松城ともされています。
「たね」は人物紹介である通り、
関口家の人間。
「小督の局」ではない可能性が高いですね。

西郷局の殺害疑惑の侍女】

西郷局は、27歳より徳川家康公に仕え、
浜松城にて、三方ヶ原の戦い設楽原の戦い
小牧長久手の戦い等、徳川家康が
最も苦難にあった時の
浜松城の台所を仕切った人であり、
三河武士団に最も人望があったとのことです。
そして2代将軍徳川秀忠
尾張の松平忠吉公の生母でもあります。
その西郷局は38歳ころに亡くなったとされていますが、
その死因の一つに毒殺・暗殺説があります。
その犯人が徳川家康の正室である
築山殿の侍女、とのことです。
不確定であり、それをきちんと裏付ける史料もなく、
後世の創作や噂話の域でもあるのですが、
事実はどうなのでしょうか?




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【「たね」は西郷局殺害疑惑の侍女なのか?】
「たね」は関口家の侍女。
もし築山殿と共に岡崎に行っていたのなら
その後の事となる
浜松城での西郷局の事は
聞き及んでいたことでしょう。
当然、築山殿の耳にも入っていたことでしょう。
西郷局の死は築山殿の死去の後です。
もし西郷局の暗殺犯であるならば、
非業の死を遂げた築山殿の事を
思った上での犯行でしょうね。

【それとも?】
現時点では、「たね」が
どんな人生を歩むのかは
何もわかりません。
築山殿の両親の自害とともに
築山殿のところを去るのか、
岡崎に一緒に赴くのかもわかりません。
演じられる女優さんもかなりお若い方です。

また新しいことがわかりましたら更新します。

2023年NHK大河ドラマ
「どうする家康」では
豊嶋 花(とよしま はな)さんが演じられます。

築山殿(瀬名)~徳川家康の正室で松平信康と亀姫の生母ですが、後に非業の死を遂げます。

松平信康(徳川信康)~将来を有望されていた嫡男でしたが、築山殿と共に非業の死を遂げます。

亀姫(徳川家康の長女)、母は築山殿で夫の奥平信昌との間には4男1女を授かりました。

結城秀康~徳川家康の次男、父から冷遇され兄の信康の計らいで対面を果たし、秀吉、結城氏の養子となる。

関口氏純(親永)~築山殿の父親であり出自は今川一門の瀬名氏であり今川家の有力家臣でした。

巴~家康の正室である築山殿(瀬名)の生母で今川義元の妹とされていますが実は?

於愛の方(西郷局)~徳川家康の側室で2代将軍となる徳川秀忠の生母となります。

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