投稿者の記事一覧
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土屋惣蔵昌恒~出自は金丸氏で武田家最後の家臣にて忠臣、子供は大名になります。
【土屋惣蔵昌恒】 土屋惣蔵は武田家の重臣である金丸氏の4代目となる金丸筑前守虎義の5男に生まれました。武勇に優れ、永禄11年の今川家との宇津房合戦に13歳で初陣し、敵方の岡部貞綱家臣の首を討ち取りました。永禄…
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土屋右衛門昌続とその屋敷跡~武田24将の一人で武田信玄死後3年間遺体を隠した場所とのことです。
【土屋右衛門昌続】 武田氏の譜代家老で、もとは金丸(かなまる)平八郎と称していました。西…
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積翠寺にある武田信玄公産湯の井戸跡と背後の要害山城、続日本100名城です。
【積翠寺】積翠寺(せきすいじ)は、山梨県甲府市上積翠町にある寺院です。宗派は臨済宗妙心寺…
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湯村山城~躑躅ヶ崎館の西の守りの詰めの城として武田信虎が築城しました。
【湯村山城】湯村山城は武田信玄の父である武田信虎によって築かれた城です。武田信虎は永正1…
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武田信成~武田信時の系統で安芸守護武田氏から甲斐国守護武田宗家となりました。
【武田信成館】山梨県笛吹市の清道院は武田信成(または15代当主信守)の館跡と伝わり、甲斐…
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甲斐・須沢城~南北朝・観応の擾乱にて落城、須沢城の悲劇として後世に語られる逸話があります。
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石積出(いしつみだし)~武田信玄が築いたとされている治水工事で国指定遺跡です。
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甘利氏館と扇子平山城~甘利氏は甲斐源氏で、戦国時代には武田家臣の譜代家老を務めました。
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武田義清(源義清 (武田冠者))~常陸国出身で配流となった先の土地に根差して甲斐源氏の祖となりました。
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小笠原長清~弓馬四天王と称され、武家の有職故実を伝える小笠原一族の始祖です。