鎌倉殿の13人

堤信遠~山木兼隆の後見人で伊豆の権守、源氏が平家を征する最初に放った矢となりました。

江川邸 山木館近く



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【堤信遠】

つつみのぶとお、と読みます。
生年は不詳です。
平安末期の武士で、堤権守と称していました。
「すぐれたる勇士」であったと伝えられています。
治承4年(1180年)8月、
源頼朝の挙兵に当たって最初の攻撃目標となった
山木兼隆の後見で山木の館の北方に居住していました。

北条時政は佐々木定綱に
山木兼隆の後見役の堤信遠は
優れた勇士であるので
軍勢を別にしてこれを討つよう命じたとのことです。
そこで佐々木兄弟は堤信遠の館に向かい、
子の刻に経高が館に矢を放ちました。
「吾妻鏡」にはこの出来事を
「源家が平家を征する最前の一箭なり」
と記されています。
堤信遠の郎従が応戦して矢戦になり、
経高は矢を捨てて太刀を取って
突入したとのことです。
堤信遠も太刀を取って
組み合いになったとのことです。
その後経高が矢を受けて倒れるが、
定綱、高綱が加わり、
遂に堤信遠を討ち取ったのでした。

【北条時政とライバル関係】
堤信遠は田方郡に勢力を築きつつあり、
北条氏にとっては競合関係にある豪族でもありました。

2022年NHK大河ドラマ
鎌倉殿の13人」では
吉見一豊(よしみ かずとよ)さんが
演じられます。

山木判官平兼隆館跡~伊豆目代平兼隆の襲撃~源氏再興の狼煙はここから始まりました。

北条時政~先見性を持ち才腕を振るって幕府の実権を掌握するが暴走して寂しく去る。

江川邸及び旧韮山代官所跡、世襲代官の江川家は900年続く清和源氏で日本の歴史に関わっています。

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