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お葉(西郡局)~家康の次女で北条氏直及び池田輝政の妻となった督姫の生母で姉妹にはお田鶴の方(椿姫)がいます。

蒲郡 三河湾



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【西郡局】

西郡局(にしのこおりのつぼね、
天文17年(1548年)⇒慶長11年5月14日
(1606年6月19日))は、
安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性です。
徳川家康の側室となりました。
上ノ郷城主・鵜殿長持の娘。
別名 西郡の方、蓮葉院です。

【兄弟】
鵜殿長照
お田鶴の方
松平伊忠室(姉妹)

【生涯】
永禄5年(1562年)
の上ノ郷城落城後、
西郡局は、鵜殿長持の兄弟である
鵜殿長忠の養女として、
人質として松平家康の元に
出されたとのことです。
なお鵜殿長忠は、鵜殿長持の息子にあたり、
上ノ郷鵜殿から出た
分家の初代にあたるとのことです。
惣領の上ノ郷鵜殿家と、
分家の柏原(かしわばら)鵜殿家とになるとのことです。
その後
徳川家康の側室となり、
永禄8年(1565年)
あるいは天正3年11月11日
(1575年12月13日)
に松平家康の次女となる督姫を産みました。

天正7年(1579年)、
徳川家康の嫡男であった
徳川(松平)信康が切腹し、
妻であった五徳姫
娘たちを残して実家へ戻ると、
徳川(松平)信康の2人の娘である
登久姫熊姫(妙高院)
祖父である徳川家康とともに
養育することになりました。

天正11年(1583年)、
督姫天正壬午の乱
和睦の条件として
北条氏直の正室となりました。

しかし天正19年(1591年)に
北条氏直が死去したため
豊臣秀吉の周旋で、文禄3年(1594年)、
池田輝政に再嫁しています。

西郡局は鵜殿氏が信仰していた
法華宗に帰依しており、
松平家康が上ノ郷城を落城させた際に
焼失した長應寺を一族の日翁に再建させています。

西郡局は慶長11年(1606年)5月14日に
伏見城で没し、徳川家康の命により
娘婿の池田輝政が葬式を執り行い、
京都の本禅寺に葬られました。
享年は59歳。
法名は蓮葉院日浄。




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池田輝政は供養のため
姫路城東方の野里に青蓮寺を
建立しましたが、
督姫の願いにより法華宗となった
池田輝澄(池田輝政の四男)が
山崎藩主となった際、
現在の兵庫県宍粟市山崎町に移転しました。

墓所は本禅寺塔頭の心城院、
青蓮寺のほか長應寺(現:東京都品川区小山)
にもあります。

長應寺は文明11年(1479年)、
鵜殿氏の開基のお寺です。
元々は鵜殿氏の拠点だった
西郡(現・愛知県蒲郡市)に
位置していましたが、
戦災で廃寺になってしまいました。
天正18年(1590年)
徳川家康の江戸入府の際に、
西郡局によって日比谷の地に再興されました。
その後、江戸市中を転々とし、
最終的に芝に落ち着いたとのことです。
幕末期になって、
オランダ公館に指定されたことで
長應寺は明治維新後に
北海道天塩郡幌延町に移転し、
鵜殿氏ゆかりの絵曼荼羅と共に
西郡局の肖像画や位牌等を所蔵しています。

ところで東京都品川区小山にある寺は、
明治40年(1907年)に建てられました。
結果としては「長応寺」の名称を持つ
法華宗陣門流寺院が
東京と北海道の二つ存在することになりました。
その後、関東大震災、隣接工場からの延焼、
空襲など度々被害に遭っています。
墓地には、江戸で寺院を再興した
西郡局の分骨を葬った墓があります。

2023年NHK大河ドラマ
どうする家康」では
役名・お葉として北香那(きたかな)さんが
演じられます。

「どうする家康」では
鵜殿氏の血筋の娘、
とするようですね。

お田鶴の方(椿姫)~今川一族で祖母は寿桂尼、夫亡き後の城を守り緋威の甲冑を纏い家康と最期まで戦った烈女。

督姫~徳川家康の次女、和睦の為に北条氏直に嫁ぎ、その後は池田輝政と再婚して5男2女を授かりました。

上ノ郷城 と鵜殿長照~伯父は今川義元、その子らは築山殿・松平信康・亀姫と身柄交換となった。

鵜殿長照~今川家臣、長照の子供達と築山殿・信康・亀姫と人質交換になりました。

徳川家康~「麒麟」を連れて戦国時代を終わらせた天下人~その生涯を手短に!

池田輝政~徳川家康の婿殿で寡黙ながら大活躍し、姫路城を現在ある姿にしました。

築山殿(瀬名)~徳川家康の正室で松平信康と亀姫の生母ですが、後に非業の死を遂げます。

五徳(徳姫)~織田信長の長女で徳川(松平)信康に嫁ぎ二人の娘が誕生、が夫と義母の罪状を出す。

今川氏真~お坊ちゃま育ちで蹴鞠の名手、家は失えど強かに生き抜き明治まで子孫を繋ぎました。

北条氏直~小田原北条家最後の当主~30年の短き人生は戦国後期、激動の関東と共に。

鵜殿城~三河の鵜殿長照やお田鶴(椿姫)のご先祖の地、鵜殿氏は熊野別当が出自とされています。

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