鎌倉殿の13人

富士塚城址~飯田五郎家義の居館跡で、石橋山の戦いで源頼朝を救った武将で渋谷重国の子です。

富士塚城址



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富士塚城址】

富士塚団地内に「富士塚城址」の石碑のある
富士塚公園があります。
この辺りは、源頼朝の危機を救った
早川城主の渋谷重国の子である
飯田五郎家義の館があったところと
伝えられています。
晩年は飯田郷で過ごしたといわれ、
現在富士塚(城址)公園があり、
空堀の跡も僅かですが、
残されているとのことです。
また、造成前には空堀の跡と思われる窪地や
それらしき地名も残っていたとのことです。
また明治32年(1899年)には
五輪塔や納骨瓶が出土しています。
当地の人々は、飯田氏の墳墓であろうと考え、
近くに「古賢大菩薩(こけんだいぼさつ)」
の碑を建て供養したとのことです。

富士塚城址

飯田五郎家義は、治承4年(1180年)の
「石橋山合戦」で源頼朝を救った功績から
この地を与えられました。
現在、館跡周辺は富士塚団地になっており、
遺構はありません。
近隣の「富士塚公園」に城址碑が建てられています。
城址碑の裏に源頼朝と飯田家義の話が
書かれているそうです。

【交通アクセス】
横浜市営地下鉄「下飯田町駅」下車徒歩5分
小田急江ノ島線「湘南台」駅より徒歩25分程度。

【所在地】(富士塚公園)
〒245-0017 神奈川県横浜市泉区下飯田町1015−1

【縄張形態】
居館

【標高(比高)】
35m

【築城主】
飯田五郎家義

【築城年】
鎌倉時代

【主な城主】
飯田五郎家義

【飯田五郎家義】

飯田五郎家義(いいだごろういえよし、生没年不詳)は、
平安時代末期から鎌倉時代初期の武将です。
桓武平氏秩父氏流渋谷重国の子です。
兄弟に光重、高重、時国、
重助、重近、佐々木秀義室がいます。

相模国高座郡長後(藤沢市)で誕生したとされています。
大庭御厨の管理を行っていた
大庭景親との所領争いの末、
鎌倉郡飯田郷(横浜市泉区)を治めました。
その後、大庭景親と和睦し
その娘を娶ったとのことです。 




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治承4年(1180年)、
源頼朝が起こした石橋山の戦いでは、
源氏方に加勢する計画でしたが、
境川の前を平家方の総大将である大庭景親に、
後方を弟の俣野景久に挟まれ、
その場は平家方として参戦しました。
けれども戦いの末少数となった
源頼朝勢を土肥の椙山(すぎやま)へと
逃避させたのでした。
なお椙山で源頼朝は大庭軍の梶原景時
居所を知られてしまいますが、
未発見を装うことで梶原景時も
源頼朝の窮状を救ったのでした。

後の富士川の戦いにて、
飯田五郎家義は源氏方に参戦して武勲を挙げ、
また石橋山での救援の件により
源頼朝から厚く信任され、
論功行賞において平氏側だった者では
飯田五郎家義だけが飯田郷を安堵され、
地頭に任ぜられたのでした。
正治2年(1200年)、
北条義時の命を受け、
かつて石橋山の戦いで源頼朝を救った仲である
梶原景時を倒し
駿河国大岡(沼津市)の地頭職を得たのでした。

【飯田五郎家義の子孫は小栗栖城を築く】
飯田五郎家義の子孫にあたる
飯田家秀(飯田源五郎家秀)が、
鎌倉時代末期の1333年に
足利尊氏に従って上洛し、
小栗栖に砦を築き、
そのまま土着したとのことです。
そして時は流れ戦国時代末期、
山崎の戦で敗れた明智光秀
小栗栖の地である明智藪で襲撃したのが、
飯田氏とされています。

渋谷氏長後居跡~河崎基家が館を構え、その子である河崎重家、さらに孫である渋谷重国が居住しました。

河崎氏館について~渋谷氏の祖でありやがて近江源氏の佐々木氏を援助し間宮氏に続く

渋谷城~都会の繁華街の片隅にひっそりと存在する古城跡~城主は渋谷氏

石橋山の戦い~源頼朝旗揚げの地!300VS敵3000!大敗するも真鶴から安房へ逃れて再挙を図る。

しとどの窟(湯河原)・(真鶴)、隠れながら追手をかわして岩海岸から安房国へ船出しました。

大庭景親~坂東八平氏の鎌倉氏の一族~最期まで平家に忠誠を尽くした人物です。

梶原景時~鎌倉ノ本体ノ武士~文武両道で実務能力の高さ故に疎まれやがて滅ぶ。

土肥実平とその妻~武士団「中村党」の中心であり頼朝から厚い信頼を受けた宿老~小早川家の祖。

小栗栖の地~明智藪~明智光秀終焉の場所と小栗栖城について

上浜田中世建築遺構群(浜田歴史公園)、渋谷一族の大谷館の可能性があります。

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