城跡

吉岡城~下條氏が7代112年間に渡って居城し、下條村の文化の中心地でありました。

吉岡城址(下條村)



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【吉岡城】

吉岡城は下條康氏によって築かれた城で、
7代112年間にわたって
下條氏の居城となりました。
9代の下條信氏は武田信玄の妹を妻に迎えると、
秋山信友のもとで伊那先方衆として活躍しました。
けれども天正10年(1582年)の
織田信長による甲州征伐の際に
弟である氏長が寝返ったために落城します。
織田信長亡き後の「天正壬午の乱」では
徳川家康が信氏の次男である
下條頼安を支援して
城を奪回させると
そのまま徳川氏に仕えましたが、
下条康長の代に改易され廃城となりました。
現在城址は本丸跡が
「吉岡城址公園」として整備されており、
空堀などの遺構を確認することができます。

<吉岡城と下條氏>
吉岡城と下條氏

【吉岡城址公園】
吉岡城は、陽皐の中心を流れる南の沢川、
牛ヶ爪川の渓谷に挟まれた
吉岡の台地上にあり、
周囲は深い谷と急崖が
取り巻く天然の要害を利用した城でした。
この城が作られたのは、
戦国時代初め、下條氏第6代康氏が
松本小笠原氏より養子に来て、
文明7年(1475年)に築城されました。
また、ここは下條村の文化の中心
(歌舞伎や芝居の発展)でもあり、
村の名前の由来となった場所でもあるとのことです。

吉岡城址

春は桜がとても美しく咲きます。
公園には遊具があり、あずま家、
男女別のトイレも完備しています。

【吉岡城址百日紅】
樹高6.5m、根囲2m、
推定樹齢400年の百日紅があります。
樹齢は、下條氏滅亡の1587年と
ほぼ重なるとのことです。

※吉岡城址公園から国道151号の橋を渡った
右側の方面にあります

【曲輪構成】
連郭式

【縄張形態】
平山城

【築城主】
下條康氏

【築城年】
文明7年(1475年)

【廃城年】
寛永年間(1624年~1645年)

【主な城主】
下條氏

【遺構】
曲輪、土塁、竪堀、堀切

【所在地】
長野県下伊那郡下條村陽皐7094-1

【交通アクセス】
(車)
三遠南信自動車道「天龍峡」ICより15分程度。
中央自動車道「飯田」ICより車で30分程度。
国道151号線沿い。

(電車・タクシー)
JR飯田線「門島」駅から徒歩約65分
JR飯田線「門島」駅からタクシーで10分
JR飯田線「天竜峡」駅からタクシーで15分

【駐車場】
吉岡城址公園駐車場(無料)

小笠原長清~弓馬四天王と称され、武家の有職故実を伝える小笠原一族の始祖です。

設楽城跡~鎌倉時代初期に設楽氏が築城した愛知県で最も古い城跡であるそうです。

三河黒川城~熊谷氏が築城したと伝わる古城跡で、麓には国指定重要文化財である熊谷家屋敷があります。

水巻城~天竜川の河岸段丘上にあった奥山氏の一族が築城したと伝わる城です。

二俣城~水運に恵まれた街道上の要衝で武田VS徳川の激しい攻防の舞台となり、徳川信康が切腹を遂げた城です。

見付天神社(矢奈比売神社)~東海道・見附宿の守護で霊犬悉平太郎伝説、ゆるキャン△にも登場しています。

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