女性
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築山殿(瀬名)~徳川家康の正室で松平信康と亀姫の生母ですが、後に非業の死を遂げます。
【築山殿(瀬名)】築山殿(つきやまどの、生年不詳⇒天正7年8月29日(1579年9月19日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性です。【概要】徳川家康の正室です。名は未詳あるいは瀬名とも。通称は瀬名姫…
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於愛の方(西郷局)~徳川家康の側室で2代将軍となる徳川秀忠の生母となります。
【於愛の方(西郷局)】西郷局(さいごうのつぼね、天文21年(1552年)(永禄4年(1561…
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つつじ(辻殿)~源頼家の正室で「吾妻鏡」では公暁の生母、父は足助重長、祖父は源氏の勇者と名高い源為朝です。
【つつじ(辻殿)】辻殿(つじどの)は、鎌倉時代前期の武家女性です。鎌倉幕府第2代将軍である源…
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藤原兼子~後鳥羽天皇の乳母で院政で権勢をふるい朝幕関係に手腕を発揮するも承久の乱後に権力を失う。
【藤原兼子】藤原 兼子(ふじわら の けんし、ふじわらのかねこ久寿2年(1155年)⇒寛喜元…
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お万(養珠院)~徳川家康の側室で紀州徳川家祖の頼宣と水戸徳川家祖の頼房の母です。
【養珠院】養珠院(ようじゅいん)天正5年(1577年)⇒承応2年8月22日(1653年1…
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矢部禅尼~三浦義村の娘で北条泰時の正室、子供達は相模三浦氏や戦国大名の蘆名氏につながる。
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亀姫(徳川家康の長女)、母は築山殿で夫の奥平信昌との間には4男1女を授かりました。
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郷御前(里)~父は河越重頼で祖母は比企尼、源義経に寄り添い最期を共にした正妻です。
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板額御前~鎌倉時代初期に実在した女武将、後に弓の名手の浅利与一の妻になりました。
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大弐局 ~加賀美遠光の娘で兄弟には小笠原氏・南部氏がおり、源頼家・源実朝の養育係を務めた女性です。