【設楽城跡】
設楽氏の居城です。
設楽城(したらじょう)は、
大千瀬川の流れが大きく曲がる
地形を利用して築かれています。
設楽城には、城主の居住スペースである
本丸部分、敵の侵入に備えて
曲輪が築かれています。
曲輪は大きな堀で仕切り、土が盛られており、
当時の山城の仕組みを把握できます。
設楽城は鎌倉時代にこの地を治めていた
設楽氏により築城されたとのことで、
戦国時代に設楽城の主となった伊藤氏が、
城を今のかたちに改修したと推測されています。
戦国時代にはすでに廃城になったと推測されています。
愛知県で最も古い城跡で県史跡に指定されています。
【交通アクセス】
◆新東名「新城」IC⇒国道151号線
約40分程度。
◆三遠南信自動車道「鳳来峡」IC⇒
国道151号線
鳳来峡ICから約25分程度。
三遠南信自動車鳳来峡ICより、
R151を北上し、
新本郷トンネル、駒久保トンネルを通過。
明治橋を通過してせきれい橋手前を右折して100m先。
【駐車場・登城口】
草刈り等されており、整備もされていて
お城に対する地元の愛を感じます。
「熊注意」の看板がありますので、
クマよけの鈴などを持参されるなど
登城される際には十分にお気を付けください。
【所在地】
〒449-0211 愛知県北設楽郡東栄町大字中設楽北城市
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