城跡

浄福寺城~築城は大石氏で由井城の説あり、後に八王子城の出城として運命を共にしました。

浄福寺城(八王子)



スポンサーリンク



浄福寺城

浄福寺城(じょうふくじじょう)は
現在の東京都八王子市下恩方町にあった
日本の城(山城)です。
城跡は47年(1972年)1月27日に
八王子市指定史跡と
なっています。
文永年間(1260年代後半)開山の
浄福寺の裏山全体が城跡となっています。

浄福寺城跡縄張り図

【別名】
新城、案下城、松竹城、
千手山城、由井城

【城郭構造】
連郭式山城

【築城主】
大石信重か

【築城年】
至徳元年(1384年)か

【主な改修者】
北条氏

【主な城主】
大石氏、北条氏

【廃城年】
天正18年(1590年)

【遺構】
土塁、堀

【指定文化財】
八王子市指定史跡

【浄福寺城の歴史】
至徳元年(1384年)、
大石信重によって築城されたと
言い伝えられています。
一方、「新編武蔵風土記稿」によりますと、
「大石源左衛門尉入道道俊と
云もの当所に居城を構へし」
(道俊は大石定久といわれる)
との記述もあるとのことです。

浄福寺城の説明

小田原北条氏の時代になると、
八王子城の出城として
使用されたと見られています。
また、八王子城以前に
あったとみられる所在地不明の
小田原北条氏の支城の1つである
由井城を浄福寺城に比定する説があります。

天正18年(1590年)の
豊臣秀吉による八王子城攻めで、
八王子城の落城とともに
浄福寺城も落城、廃城となったとのことです。




スポンサーリンク



【「油井領」「由井衆」と浄福寺城】
永禄2年(1559年)に
小田原北条氏にて作成されたとされる
「小田原衆所領役帳」には
支城領ごとに家臣名と役高が記されています。

浄福寺城と大石氏の説明

そのうちの「他国衆」の中に
「油井領」と呼ばれている
地域の記載があります。
また、北条氏照が発給した文書に
「由井衆」「由井領」と記されたものがあり、
前者は元々旧大石氏の
家臣であった者に
宛てて出された書状であるため、
「油井領」「由井領」は
旧大石氏あるいは
北条氏照の支配地域であり、
「由井衆」は旧大石氏家臣を含む
北条氏照の家臣団であったと
それぞれ推定されています。
このように旧大石氏と
関わりの深い地域に
油井城・由井城と称すべき
小田原北条氏の支城が
存在していたことになります
ただし、「小田原衆所領役帳」作成段階の
大石氏は公式には「他国衆」に属する
従属国衆で、北条氏照は
その養子として家督を継いだ扱いと
なっているとのことです。

【由井城なのか?】
こうしたに同地域に関する古文書や
浄福寺城の遺構に関する分析から、
従来の大石氏に関する伝承を否定して、
浄福寺城こそが後の
「由井領」の由来ともなった
大石氏の本拠である
由井城(ゆいじょう)であり、
大石氏を継承した北条氏照も
当初はここを本拠としており、
永禄6年(1563年)から
永禄10年(1567年)頃に
初めて滝山城を築いて
本城を移したとする説を
提示している専門家もいるとのことです。

【遺構】
標高360m(比高約150m)の
山の尾根上に曲輪、堀切や土橋、
虎口、土塁のなど遺構が
残っているとのことです。

【登城の際に関して】
自然地形を利用したかなり
大規模な城址で見所多数とのこと。
ただし尾根伝いに展開されているため
余裕のある時間配分と
ある程度の登山装備が必要とのことです。

登城口は2つあり、
一つは墓地左奥の建物脇からだそうです。
小さい看板があるとのこと。
もう一つは恩方第一小学校裏とのことです。
城址への坂は急勾配で
階段がない坂であり、
下りの際は下が滑りやすいので滑りにくい
トレッキングシューズ等の
靴が望ましいとのこと。
主郭までは慣れた方で30分位とのことです。
「浄福寺」さんの公式サイトで、
登城の際の様子などの説明と写真があります。

【浄福寺】
千手山 普門院 浄福寺と称します。
浄福寺 八王子
開山は文永年間(1260年代)で
中興開基は永禄年間(1560年代)となります。
宗派は真言宗 智山派です。
(総本山は京都の智積院)
ご本尊は大日如来(金剛界)です。

霊場:多摩八十八箇所霊場 第六十六番




スポンサーリンク



【交通アクセス】
浄福寺までの案内となります。
(電車・バス)
バスは西東京バスです。
JR中央線・京王高尾線
「高尾」駅北口1番のりば 
「陣馬高原下」行き⇒(約15分)
 ⇒「大久保」下車 徒歩1分

京王線「京王八王子」駅2番のりば 
「大久保」行き⇒(約40分)
 ⇒「大久保」下車 徒歩1分

JR中央線「八王子」駅北口9番のりば
「大久保」行き⇒(約40分)
 ⇒「大久保」下車 徒歩1分

<バスに関しての諸注意>
※いずれも1時間に1本程度です。
※バスの運行状況については最新の情報をご確認ください。

(車)
「八王子西」ICは
関越道・青梅方面からは
下りられません。
圏央道「八王子西」IC 
高尾・町田方面へ右折⇒
川原宿を右折(陣馬高原方面)⇒(約5分)

タクシー
約2000円程度。
JR中央線・京王高尾線
「高尾」駅北口より約15分程度。

【浄福寺・所在地】
〒192-0154 東京都八王子市下恩方町3259

【駐車場】
参拝者用の駐車スペースが
数台分あります。

北条氏照~北条氏政の同母弟、文武両道で外交手腕に長けており、兄を補佐し盛衰を共にしました。

八王子城~日本100名城で日本遺産となった関東屈指の山城、城主は北条氏照でした。

由木城跡(柚木城跡)~大石氏館跡・大石定久公の像とお墓~永林寺にて

関連記事

  1. 上総・笹子城 上総・笹子城~築城は室町時代に真里谷信興によって築かれ、真里谷武…
  2. 館山城址 安房里見氏 館山城と八遺臣の墓~安房里見氏最後の城であり、南総里見八犬伝のモ…
  3. 平将門公本據豊田館跡 平将門公本據豊田館跡~平将門誕生の地と伝わる場所、後に豊田氏の向…
  4. 塩原城(塩原要害) 塩原城(塩原要害)~築城は平安時代末期で約420年間続いた城郭で…
  5. 藤沢城(土浦市藤沢) 藤沢城~小田城主の小田氏の支城であり、小田城を奪われた際には何度…
  6. 玉造要害山城 玉造要害山城・城主の湯氏は、宇多源氏佐々木一族で、戦国の知将にて…
  7. 勝間田城跡 説明 勝間田城跡~かつての名門一族の支配地は茶畑が広がる丘陵地
  8. 伊豆守山城跡 伊豆守山城跡~堀越御所の詰城として築城され、其の後は小田原北条氏…



スポンサーリンク




コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

おすすめ記事

  1. 高岡山 瑞龍寺~前田利長公の菩提寺~国宝、江戸初期の禅宗寺院建築が見事です。 瑞龍寺 山門と回廊

ピックアップ記事

  1. 伊勢貞興
  2. 宇佐美の海
  3. 末森城址(尾張国)
  4. 藤ノ木古墳
  5. 高部屋神社
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
PAGE TOP