史跡・城跡

草戸稲荷神社~広島県で2番目に参拝者が多い神社で有名、門前町として300年存在した草戸千軒町遺跡があります。

草戸稲荷神社




【草戸稲荷神社】

草戸稲荷神社(くさどいなりじんじゃ)は
広島県福山市草戸町に鎮座している
稲荷神社です。
まれに日本三大稲荷の一つと
されることがありますが、
一般的には
京都伏見稲荷の系列の中に
おける日本稲荷五社」と称しています。

【ご祭神】
◆保食神(うけもちのかみ)
(五穀豊穣、開運招福、
出世、厄除、必勝祈願)

◆宇加之魂神(うかのみたまのかみ)
(五穀豊穣、商売繁昌、
家内安全、開運招福、芸能上達)

◆大己貴神(おおなむちのかみ)
(縁結、子授、夫婦和合、
病気平癒、産業開発、交通・航海安全)

境内には二十社近い稲荷神社と
八幡神社が末社として祀られています。

<草戸八幡神社>
【由緒】
鎮座年代は不詳ですが、
福山市瀬戸町長和に鎮座する
福井八幡神社よりの御分霊で
祀ったとされております。
なお、福井八幡神社は
承和元年(834年)に
宇佐八幡宮より
御分霊をいただいたとされています。
【御祭神】 
誉田別命(ほんだわけのみこと) 

草戸八幡神社

<摂社・末社>
◆三喜稲荷(病気平癒)
◆五社稲荷(開運招福)
◆十社稲荷
 ●三蔵稲荷(交通安全、旅行安全)
 ●松尾稲荷(足腰、下半身平癒)
 ●智者稲荷(入学、就職成就)
 ●加賀羅稲荷(商売繁盛)
◆眼力社(眼病平癒)
金毘羅
◆笠守稲荷(安産・子授)
◆葛木稲荷(海上安全・大漁成就)

この神社は福山市ではもっとも初詣の参拝客が多く、
広島県内でも広島護国神社についで
2番目に多く毎年概ね40万人以上が訪れています。
また駐車場は普段は小規模なものですが、
初詣時には芦田川河川敷が
無料駐車場として
臨時開設されるとのことです。
更にそのことが多くの参拝客を集める
一因ともなっているそうです。
またこの無料駐車場は
芦田川の東側にあるため、
西側にある同神社までの橋が
車両通行止めになり、
便宜を図っているとのことです。

かつて本殿は拝殿の裏にあって
目立たないものでしたが、
昭和時代末期に
コンクリート構造物が構築され、
その上に移設されました。
またこの本殿上から
福山市中心部を一望することができます。

芦田川と福山市街

【歴史】
平安時代の大同2年((807年)に
明王院を開基したとされる
空海上人が明王院の鎮守として
祀ったのが最初とされています。
当初は社殿が芦田川の中州に鎮座していましたが、
たびたびの洪水により流失していました。
寛永10年(1633年)6月に
初代備後福山藩主である
水野勝成が現在地に再建しました。

現在は神社本庁から脱退した単立宗教法人です。

【境内】
拝殿、本殿(コンクリート構造物の上にある)、
社務所、草戸歴史民俗資料館、
また初詣の時のみ地下道が使用されます。





【所在地】
〒720-0831 広島県福山市草戸町1467

【電話番号】
084-951-2030

【駐車場】
参拝者用の駐車場があります。
約100台分とのことです。

【交通アクセス】
◆最寄り駅:「福山」駅
◆福山駅より車で約10分程度
◆福山東ICまたは福山西ICから車で約30分程度
◆福山SAスマートICから車で約10分程度

※車のお祓いの方は専用駐車場があるとのことです。
(看板をご確認ください。)

【参拝時間】
常に開いてます。

【本殿開門】
午前8時~午後4時

【祈祷受付】
午前9時~午後4時
※12/30,12/31は行っておりません。
※祭典などによりお受けできない場合があります。

【守札頒布】
午前9時~午後4時

【草戸千軒町】

草戸千軒町(くさどせんげんちょう)は、
現在の広島県福山市にあった、
鎌倉時代から室町時代にかけて
およそ300年間存在した都市(大規模集落)です。

瀬戸内海の芦田川河口の港町として栄えていました。
遺跡の発掘調査から、
時期によって町の規模は変遷していますが
草戸千軒町は近隣にあった
長和荘などの荘園や地頭、杉原氏や
備後国人で一帯の領主であった
渡辺氏の保護の元、
他の地方との物流の交流拠点として
繁栄していたとのことです。
また数多くの商工業者がいたと見られ、
遠くは朝鮮半島や
中国大陸とも交易していたと
みられています。
また近くには現在も存在する
草戸稲荷神社と明王院があり、
その門前町としても
繁栄していたものとみられています。

【草戸千軒町遺跡】
江戸時代初期の
備後福山藩水野家の入封時に
流路改修が行われるまで芦田川は
今では廃川となった
旧鷹取川方面や
現在の福山駅前方面へ流れる流路が本流でした。
この地は土砂が堆積した
中州地帯の上にできていました。
現在の光景からは想像しにくいですが、
江戸期の大規模な干拓事業が
行われるまでは今の野上町付近より
南東は瀬戸内海に直接面していたのでした。
昭和時代後期まで草戸千軒町の遺跡は
芦田川と旧鷹取川が分かれる
中州付近にありましたが、
遺跡の大部分が昭和初期に
国により行われた芦田川の
洪水対策工事のために
拡張・浚渫工事で取り除かれました。

草戸千軒町遺跡について

また推定ですが芦田川東岸の
河川敷にも遺跡が存在する可能性があり、
事実として、草戸町1丁目付近の
古道沿いの水路などにその痕跡が残っています。
遺跡からの出土遺物は
広島県立歴史博物館で保存・展示されており、
国の重要文化財に指定されています。
広島県いる歴史博物館には
往時の草戸千軒町の町並が
実物大のジオラマで一部再現されています。
なお、往時には瀬戸川河口に広がる
沖積地に町があり、
東方には福山湾が広がっており
交通の要所にあったことから
発展したと見られています。

また、遺跡からは多くの
栽培植物も出土している他、
4千点にものぼる大量の
「中世木簡」(室町期)が出土しており、
1982年には正式報告書
「草戸千軒 木簡一」として
紹介されている程です。





【草戸千軒町の発掘】
「草戸千軒」の名は、
江戸時代の中頃(元文から安永年間)に
備後福山藩士である宮原直倁によって
書かれた地誌「備陽六郡志」の中に、
「草戸千軒という町があったが、
寛文13年(1673年)の洪水で滅びた」
という伝承が記載されていたことから
付けられたものであるそうです。
町についての様子は
書かれていなかったため、
想像上の幻の町といわれていました。

昭和時代に入った1930年前後の
河川工事によって遺物が出土し、
ようやくその存在が確認されたのでした。
戦後になって1961年から
約30年間にわたり
断続的に行われた
大規模な発掘調査で全容が判明しました。

洪水で完全に川の底に埋まった時期には
既に町としては廃絶に近い状態
であったとみられています。
これは鎌倉時代から戦国時代において
度重なる戦乱の舞台となったことで
荒廃し福山城が築かれた頃に行われた
芦田川の改修事業により
洪水対策の流路として
改築されたのもあり
江戸時代には既に
無人であったろうと考えられています。

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