史跡・城跡

飛鳥京跡~複数の都市遺跡であり大化の改新で中大兄皇子や中臣鎌足らが 蘇我入鹿を討ち果たした場所。

飛鳥京跡



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【飛鳥京跡】

一般的には、南は岡、北は飛鳥までの
飛鳥川右岸の地域を飛鳥京跡と総称しているとのことです。
この地域は元々飛鳥板蓋宮と伝承されていました。
この飛鳥板蓋宮というのは
645年の有名な大化の改新で、
中大兄皇子や中臣鎌足らが
蘇我入鹿を討ち果たした場所です。

飛鳥京跡(あすかきょうあと)は、
奈良県高市郡明日香村にある
飛鳥時代の遺跡です。
飛鳥古京跡(あすかこきょうあと)とも称します。
飛鳥京、すなわち市としての
飛鳥における遺跡群の総称であり、
大王および天皇の歴代の宮や官衙、
豪族の邸宅や寺院など
大和朝廷の支配拠点となる建造物、
および広場、道路など都市関連遺跡の総体です。

飛鳥京跡 説明板

飛鳥京跡は、6世紀末から7世紀後半まで
飛鳥の地に営まれた諸宮を中心とする
複数の遺跡群からなる都市遺跡です。
宮殿のほか朝廷の支配拠点となる諸施設や
飛鳥が政治都市であったことにかかわる祭祀施設、
生産施設、流通施設などから構成されています。
具体的には、伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきみやあと)
を中心に、川原寺跡、飛鳥寺跡、飛鳥池工房遺跡、
飛鳥京跡苑池、酒船石遺跡、
飛鳥水落遺跡などの諸遺跡であり、
未発見の数多くの遺跡や遺構をふくんでいます。
遺跡全体の範囲はまだわかっておらず、
範囲特定のための発掘調査も行なわれています。

飛鳥宮は複数の天皇が代々宮を置き、
または飛鳥内の別の地に遷宮をしたことにより、
周辺施設とともに拡大して
宮都としての機能を併せ持っていました。
これは後に現れるような、
建設当初から計画され固定化する宮都(藤原京)への
過渡的な都市であったことを示しています。

【伝飛鳥板蓋宮跡】
飛鳥京の中心遺構である飛鳥宮跡は、
6世紀末から7世紀後半までの宮殿遺構だとされ、
「日本書紀」などに記述される
飛鳥におかれた天皇(大王)の
宮の跡地であると考えられています。
もともとこの区域には宮らしき遺構があると
伝承されており、飛鳥板蓋宮跡だとされてきました。




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飛鳥板蓋宮は皇極・斉明天皇の2代の天皇、
飛鳥浄御原宮は天武・持統天皇の2代の天皇が
それぞれ使用しました。
こうした状況は、それまでの宮が、
天皇1代限りの行宮という役割から、
何代もの天皇が宮として
継続して使用する役割に
移りつつあったことといえます。

飛鳥京跡 

発掘調査は1959年(昭和34年)から始まりました。
発掘調査が進んでいる区域では、
時期の異なる遺構が重なって
存在することがわかっており、
大まかには一期、二期、三期の3期に分類されています。
各期の時代順序と「日本書紀」などの
文献史料の記述を照らし合わせてそれぞれ、

一期が飛鳥岡本宮(630年⇒636年)
二期が飛鳥板蓋宮(643年⇒645,655年)
三期が後飛鳥岡本宮(656年⇒660年)、
飛鳥浄御原宮(672年⇒694年)
の遺構であると考えられております。
三期の後飛鳥岡本宮・飛鳥浄御原宮については
出土した遺物の年代考察から
かなり有力視されています。
発掘調査で構造がもっともよく
判明しているのは、飛鳥浄御原宮です。

【板蓋宮について】
板蓋宮(いたぶきのみや)は、
7世紀半ばに皇極天皇が営んだ皇居と云われています。
一般には飛鳥板蓋宮と呼称されています。
奈良県明日香村岡にある
飛鳥京跡にあったと伝えられています。
642年(皇極天皇元年)1月、
皇極天皇は夫である
舒明天皇の崩御により即位し、
同年9月19日(10月17日)、
大臣である蘇我蝦夷へ新宮殿を
12月までに建設するよう命じました。
これにより完成したのが板蓋宮とのことです。
643年(皇極天皇2年)4月、遷りました。

板蓋宮は、645年7月10日
(皇極天皇4年5月12日)に発生した
クーデター(乙巳の変)の舞台となりました。
この日、蘇我入鹿が刺殺され、
これにより皇極天皇は同月12日(14日)に退位し、
軽皇子が即位し、孝徳天皇となりました。
孝徳天皇は、
難波長柄豊碕(なにわのながらのとよさき)
に宮を置みました
(難波長柄豊碕宮)。

654年(白雉5年)10月、
孝徳天皇が難波宮で崩御すると
翌年の初めに皇極上皇は板蓋宮において
再度即位(重祚)し、斉明天皇となりました。
この年の末に板蓋宮は火災に遭い、焼失しました。
斉明天皇は川原宮へ遷りました。

【名称について】
なお、名称「板蓋宮」は、
文字どおり屋根に板(豪華な厚い板)を
葺いていたことに由来するといわれています。
このことにより、
当時の屋根のほとんどは
檜皮葺・草葺き・茅葺き・藁葺きであり、
板葺きの屋根の珍しかったことが判ります。
実際にも檜皮葺や茅葺きの建築物は
現代も遺っているものが多いですが、
板葺きの建築物が遺っている例は少ないです。




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当時、大陸から伝来した
最新様式を反映している寺院は
瓦葺きでした。
けれどもそれ以外の建築物への普及は進まず、
平安時代以降の貴族の居宅である
寝殿造も檜皮葺でした。
本格的な瓦葺きの普及は
江戸時代以降となります。

【現在の状況】
現在、奈良県明日香村に
中心の一部と思われるものが史跡として
残っています。
また、近くには蘇我入鹿の首塚もあります。

【指定名称の変更】
地元では当地を皇極天皇の
飛鳥板蓋宮の跡地と伝承してきたため、
発掘調査開始当初に検出された遺構については
「伝飛鳥板蓋宮跡」の名称で
国の史跡に指定されていました。
けれども、上述のようにこの遺跡には
異なる時期の宮殿遺構が
重複して存在していることが判明し、
2016年10月3日付けで
史跡の指定範囲を追加の上、
指定名称を「伝飛鳥板蓋宮跡」から
「飛鳥宮跡」に変更しました。

【各天皇が置いた宮殿】
推古天皇が豊浦宮(とゆらのみや)で
592年に即位し、
持統天皇が694年に
藤原宮へ遷都するまでの約100年、
明日香の地域に各天皇が宮殿を置きました。
文献によりますと
<推古天皇>
豊浦宮(とゆらのみや)、
小墾田宮(おはりだのみや)

<舒明天皇>
飛鳥岡本宮

<皇極天皇>
飛鳥板蓋宮、飛鳥河辺行宮

<斉明天皇>
後飛鳥岡本宮、両槻宮

<天武天皇>
飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)
といった都がありました。
しかしながら宮殿の所在地は、
現在に至るまでそれほど明確に
判っているわけではないとのことです。

【所在地】
〒634-0111 奈良県高市郡明日香村岡

【駐車場】
専用の駐車場はありません。
飛鳥京跡の説明板付近に車1~2台分の
駐車スペースはあります。
最もその場所に行くまでの道が狭いので
走行には十分にお気を付けください。

石舞台古墳~国内最大級の方墳で埋葬者は蘇我馬子だと有力視されています。

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